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インバウンドセミナー

After コロナ インバウンド復活のヒント

Afterコロナへのヒント① 
日本のインバウンド観光 復活の道筋

日本政府観光局(JNTO) 理事
蔵持 京治 氏

GDPの10%を占める観光産業 なぜ「インバウンド」か?

 2019年に3,188万人にまで増加した訪日外国人旅行者数は、新型コロナウイルス感染拡大の影響で2020年3月から激減し、通年で412万人にまで減少した。2019年は毎月250万~300万人が日本を訪れていたが、2021年7月は5万1,100人、8月は2万5,900人、9月は1万7,700人となっている。そもそも観光目的の入国は認められておらず、国際的な移動の制約が続いている。
 観光産業は世界全体のGDP総額の10%、雇用の10人に1人を占める一大産業だ。日本においても、生産波及効果と付加価値誘発効果はそれぞれGDPの約5%、雇用誘発効果は約6%を占める。とりわけ急伸してきたインバウンドは日本経済へのインパクトが大きい。
 インバウンドの国別の平均滞在日数(2019年)を見ると、オーストラリアの9.8日を筆頭に、米国が7.5日、中国が5.8日で、日本人の国内旅行の1.3日より長い。しかも平日の宿泊が多く、需要の平準化という意味でインバウンドが日本の観光産業に及ぼす影響は大きい。


インバウンド回復の見通し 2022年以降段階的に回復

 インバウンド回復はいつ頃になりそうか。UNWTO(国連世界観光機関)が2021年1月に実施したアンケート調査によると、海外旅行(アウトバウンド)の再開時期について、6割が2022年になると回答。コロナ前水準までの回復時期については、2023年が43%、2024年が45%との回答結果となった。
 IATA(国際航空運送協会)では、国際線の旅客数が2019年の実績に戻るのは2024年以降と今年7月に試算している。回復のスピードは地域差があり、ヨーロッパ域内は2022年の段階で2019年レベルの75%まで回復するが、アジア域内については11%しか戻らないと予測している。
 これには水際規制に対する各国の差が大きく影響している。日本は海外渡航に関して様々な制限を設け、日本への帰国時にPCR検査や、ワクチン接種証明書・陰性証明書の提出を義務付けている。一番ネックとなるのは自宅やホテル、指定施設での隔離だが、11月8日から規制が緩和され、ワクチン接種証明書を保持している場合は、待機期間が10日から最短3日に短縮されることになっている。
 各国の水際規制の状況は様々だ。中国は日本への渡航に対して自粛要請を出しており、帰国時に14日間(一部地域では21日間)の隔離を実施している。スペインは一貫して日本への渡航規制を設けず、ワクチン接種などの証明書の提出だけで帰国可能だ。英国のように、ウィズコロナに舵を切り、日本への渡航を解禁した国もある。UNWTOの2021年7月の調査によると、アジア全体で7割の国が完全な国境閉鎖を実施しているが、アメリカやヨーロッパの規制は比較的緩やかだ。
 ワクチン接種者に対する入国緩和も進んでいる。アメリカは11月上旬からワクチン接種者について隔離なしの入国を開始し、イギリスは10月7日から100か国についてワクチン接種者の隔離なしの入国を開始した。比較的厳しく入国を制限してきた東南アジアでも緩和の流れが強まっている。タイは11月1日から、バンコクなど10地域でワクチン接種済みの46カ国の外国人観光客について隔離なしの入国を開始。シンガポールでは、欧米10カ国のワクチン接種者に対し、PCR検査陰性を条件に隔離を免除するという「ワクチントラベルレーン」が始まっている。
 日本でもビジネス目的の入国者に対しては緩和の方向だ。「新型コロナウイルス感染症対策の基本的対処方針」にあった「水際強化措置等を講ずる」との文言が、9月9日に「水際措置の段階的な見直しに取り組む」に変わった。このほか、新型コロナウイルスを担当する山際経済再生担当相が、10日間の自宅待機に対して緩和方向での方針を示すなど、少しずつ緩和に向かっている。「水際の開き方」は国により異なるが、ワクチン接種が進んだことで対応は本格化していると言えるだろう。
 OECDの「主要国の貯蓄率の推移と予測」によれば、日本を含む先進国における貯蓄率は2020年に急上昇した。今後、この貯蓄が旅行消費に向かう可能性があり、ニーズをうまく捉えたい。


旅行者のニーズに変化はあるか? 「アクティビティ」「自然」「文化体験」に関心

 旅行者のマインドはどうなっているか。JNTOが2020年12月に公表したデータを見ていただきたい。香港・台湾・イギリス・オーストラリアの4市場でアンケート調査を実施。「次に挙げるアクティビティについて、あなたが旅行先(ビジネス目的の旅行は除く)で行う頻度は以前と比較して変わると思いますか」との質問に対して、4市場ともにすべての項目で「(頻度が)変わらない」が半数近くを占め、「自然体験」のみ「増える」が「減る」を上回った。つまり、全体的に旅行に対する根源的なニーズに変わりがないことが明らかになった。
 こうした中で、日本の観光地の評価が高まっている。アメリカの大手旅行雑誌『コンデ・ナスト・トラベラー』の「世界で最も魅力的な大都市ランキング」という読者投票で、東京、大阪、京都が1位から3位を独占し、国別ランキングでも3位になった。同じくアメリカの『トラベル・アンド・レジャー』誌でも、日本は非常に高い評価を受けている。韓国の現地メディアの調査においても、「アジアで旅行したい国」の1位は日本であり、台湾やシンガポールの同様の調査でも日本がトップだ。
 「日本に行きたい」というニーズは変わらないが、旅行者の意識の変化には注意したい。その一つが「サステナブルツーリズム」のトレンドだ。米オンライン旅行通販会社のエクスペディアの調査によると、59%の旅行者が「環境に優しい方法で旅行するためなら、旅費が高くなっても構わない」と回答した。旅行者の意識がこれまでの価格重視から変わってきたことを踏まえ、JNTOはパリ事務所のオウンドメディア登録者・閲覧者の約1,000人を対象にアンケート調査を実施した。「普段旅行をする際にサステナブルな取り組みを実施しているか」との質問に対し、9割以上が旅行中に「既に実践」または「実践したい」と回答。「サステナブルな取り組みを実践、もしくは実践したいと考えている場合、具体的にどのような取り組みか」との質問に対しては、多くの人が「地域の食材を選ぶ」「公共交通機関を使う」「宿泊施設で同じタオルを数日使う」「環境に優しいアクティビティを選ぶ」と回答し、一部には「カーボンオフセット料金を支払う」との回答もあった。
 この中で「日本のサステナビリティについて、どのような印象を持っているか」との質問に対する、未訪日者と訪日経験者の回答での違いが興味深い。未訪日者では「自然への経緯/豊かな自然」との回答が1位になったのに対し、訪日経験者では「過剰にプラスチックを消費」との回答が1位に、「商品が過剰に包装されている」が3位になるなど、プラスチックや過剰包装についてのネガティブなコメントが目立った。サステナブルツーリズムに対する関心はヨーロッパやオーストラリアで高いが、東アジアや東南アジアの多くの国では、SDGsに対する関心も含め、依然として意識が低い傾向にある。日本の観光産業はSDGsの取り組みが比較的遅いと言われる。しっかり対応しなければ、将来的に意識の高い国の旅行者に旅行先として選ばれなくなることも危惧される。
 少し視点の異なる話も紹介する。観光庁の調査によると、個人総資産1億円以上のいわゆる「ラグジュアリー層」は全世界で約2,200万人に上る。これを「消費額が1回の旅行で300万円以上消費するグループ」「100万円以上消費するグループ」に分けてクレジットカードの利用状況を分析。前者の方が人数は少ないが平均消費単価は高く、約600万円に上った。消費の多くは貴金属・時計店、百貨店、ブランド店が占め、行動のメインが「買い物」であることが浮き彫りとなった。
 同調査では、富裕層が求める旅行の行動タイプを、「美意識の追求」「真理の追求」「娯楽・楽しみの追求」「新たな発見・体験の追求」の4つの分野に分類している。日本にはそれぞれに対応するコンテンツがあるが、それらが商品やビジネスに十分にはつながっているのか。富裕層向けのトラベルデザイナーに対するアンケート調査によると、4分野のうち、2019年時点では「美意識の追求」「娯楽・楽しさの追求」のニーズが多かったが、2030年には「真理の追求」「新たな発見・体験の追求」へ大きくシフトすると予測されている。この変化にどのように対応するかがこれからの焦点になる。


日本政府観光局の取り組み インバウンド復活に向け積極的に情報発信

 旅行者の意識の変化を踏まえたJNTOの取り組みについても簡単に紹介したい。ワクチン接種が進展し、行動制限・水際対策の段階的な緩和に向かう中で、インバウンド復活の道筋は「国内旅行等の制限緩和→市場ごとにインバウンドの段階的復活→インバウンドの完全復活」という流れで描かれる。JNTOとしては、まずはインバウンドの段階的復活に備え、デジタルマーケティングを中心に情報発信に引き続き取り組んでいる。具体的には、インターネット(ウェブ・SNS)を通じた情報発信や、BtoB向けのeラーニングやウェビナー、ネットワーキングイベントなどを実施している。ビジネスでの往来が再開されれば、外国の旅行会社やメディア、インフルエンサーなどの招請にもしっかりと対応したいと考えている。
 インバウンドの受け入れ環境を整備するために、ジャパンショッピングツーリズム協会(JSTO)と連携して、新型コロナウイルス感染対策などの情報を分かりやすく伝えるピクトグラムを制作し、ダウンロードフリーで提供している。
 注目トレンドとして「アドベンチャートラベル」についても言及しておきたい。「アクティビティ」「自然」「文化体験」のうち、最低2つを含む旅行を指し、72兆円の市場規模がある。2021年にアドベンチャートラベルをテーマにした「アドベンチャートラベル・ワールドサミット(ATWS)」の北海道大会がオンラインで実施された。2023年には北海道でリアル開催されることも決まっている。
 サステナブルツーリズムについても、国内の各地域で様々な取り組みが行われている。オランダのサステナブルツーリズム認証団体「GREEN DESTINATIONS」が選出した「世界の持続可能な観光地トップ100選」に、日本の12地域が入っており、JNTOとしても積極的に情報発信していきたい。
 政府は「2030年に訪日外国人旅行者数6,000万人」「訪日外国人旅行消費額15兆円」「地方部での外国人延べ宿泊者数1億3,000万人泊」の目標を掲げる。政府全体で、今後5年間の「観光立国基本計画」を策定。JNTOと観光庁も「訪日マーケティング戦略(仮称)」を策定中で、インバウンドに特化した市場別の戦術を練っているところだ。


消費財メーカーへの期待 「モノ消費」はなくならない

 コロナ禍以前から旅行産業には様々な変化が起きている。団体旅行からFITや小グループといった個人旅行へとシフトし、販売チャネルにおけるOTAやエアライン直販の比重が増している。パンフレットはTrip Advisorのようなクチコミサイトや、Instagram、YouTubeといったSNSに、ガイドブックはWikipediaやGoogle Mapといったネットメディアに取って代わった。旅行のスタイルは都市観光から自然志向やアドベンチャートラベルへ、消費型から真理や新たな発見の追求へと変化している。
 こうした時代の変化に、観光産業を含む日本全体でどう対応していくべきか。今後は旅行の「コト消費」の流れが強まると言われるが、それでも依然として「モノ消費」の部分はなくならないだろう。ここまで紹介した旅行の意識変化は、よりレベルの高いモノ消費への入口だと捉えられる。サステナブルツーリズムにおいても、地域経済の維持という観点で見ればモノ消費は引き続き不可欠だ。旅行者の価値観に合うモノをどう提供できるかがこれからますます重要となる。地域におけるインバウンド消費の存在感は高まっており、これからは「地産地消」ならぬ「地産“地+インバウンド”消」の流れが加速する。消費財メーカーの皆様も、地域に溶け込むようモノの作り方、売り方、見せ方をぜひ考えていただきたい。
※説明内容は、講演を行った11月5日時点のもの。