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プラネットユーザー会 2018

「よなよなエール流差別化戦略
8年連続赤字から13年連続増収増益までの軌跡」

井手 直行氏
株式会社ヤッホーブルーイング
代表取締役社長

看板ビール「よなよなエール」を中心に、ユニークな商品を次々と開発し、日本のクラフトビール界を牽引する株式会社ヤッホーブルーイング。売上低迷の時代を乗り越え、13年連続で増収増益を達成している同社の差別化戦略について、代表取締役社長の井手直行氏にご講演いただいた。

(PLANET vanvan 2019年冬号(Vol.121)掲載記事より)

ブームが去ってどん底を見た

 はじまりは30余年前、創業者の星野佳路(星野リゾート代表)が米国留学先で入ったパブだった。星野はそこで初めて飲んだエールビールの味に衝撃を受け、1996年にヤッホーブルーイングを創業した。私は創業メンバーの一人で、2008年に2代目として社長を引き継いだ。
 当社の看板ビールは97年に発売開始された「よなよなエール」だ。コンセプトは「家庭で飲める手頃な本格エールビール」ブランドキャラクターは「知的な変わり者」。斬新なデザインにネーミング、そして大手にはない個性的な味のビールを世に出したところ、当時の地ビールブームと相まって、売上はどんどん上がっていった。私は営業だったが、製造が間に合わず注文をセーブするほどだった。
 だが、そんなうまい話は続かない。99年になると地ビールブームはあっけなく終焉し、売上は急落していった。得意先に営業に行ってもことごとく門前払いされ、現金が当たるキャンペーンを打っても、応募はほとんどこなかった。何をやっても売上減少に歯止めがかからず、愛情をこめてつくった数千ケースものビールを自分たちの手で1本1本捨てるという辛い経験をした。
 こうしたどん底の状態を見て私は思った。大手のマネをしているうちはダメだ。オリジナルなことを考えよう。ただ、それには圧倒的に知識が足りなかったので、様々なビジネス書を読み漁り、セミナーや通信教育でビジネスの基本を徹底的に勉強した。すると、少しずつやることがうまくいき出した。


何かを取ったら何かを捨てる覚悟

 その成果は売上に表れている。創業から8年間赤字だった会社は、9年目の2005年から黒字に転じ、現在まで13年間連続で増収増益となっている。ビール市場全体が20年以上縮小傾向にある中、これほど右肩上がりに成長しているケースは稀である。では、何をやってうまくいったのか。これから私たちが行っている差別化戦略のブランディングについてお話ししたい。
 経営学者マイケル・ポーター氏の競争戦略論を、私は次のように解釈している。「戦略とは、競争上必要なトレードオフを伴う一連の活動を選び、一つの戦略的目標に向かって活動間のフィット感を生み出すことである」。つまり、何かを取ったら何かを捨てるような難しい決断を連続して行い、一連の活動がつながり合うことで、他社には決して真似できない相乗効果をもたらすということだ。
 たとえば道が左右に分かれていたら、通常はリスクを考え左右両方に力を分散して進むが、私たちの場合は左を取ったら右の道は捨てる。それがトレードオフだ。さらに私たちの場合、100社いたら1、2社しか選ばない道をあえて進む。そして次の分かれ道でも他社と違う道を進んでいけば、競争相手はいなくなる。そんな活動を10年以上続けてきたら、ガラパゴス諸島に生息している希少生物みたいなユニークな会社ができあがった。


差別化とブランディングの重要性

 製品開発に際して私たちは「他社が真似を躊躇するくらいに差別化を行うこと」「ターゲットは狭く、具体的に決めてブランディングすること」を方針としている。それを「水曜日のネコ」という製品事例で紹介したい。
 このビールのターゲットは「30代前後の女性で、職場では責任ある仕事をバリバリこなし、独身もしくは既婚で子供がいない。東急東横線か東京メトロ日比谷線沿線に住んでいて、おいしいものが大好きで、ファッションや持ち物にこだわりがある。また、家に帰ったらお酒を飲んで素の自分に戻る習慣があって、それが次の日の活力となる女性」という詳細な人物像(ペルソナ)が設定されている。そこから「TSUBAKIな女性が仕事終わりにOFFタイムでリセットするビール」というコンセプトが生まれた。TSUBAKIな女性とは、TSUBAKIシャンプーのCMに出てくるようなおしゃれで自立した、女性が憧れるリーダー層の女性だ。
 製品をつくる時、私たちは必ずキャラクターを立てる。キャラクター化するとお客様が商品イメージをつかみやすくなり、感情移入しやすくなるからだ。SNSで「水曜日のネコ」を検索すると「今日はネコちゃんを買って帰るにゃん」とか「ネコちゃんと晩酌中~」などというコメントが見られる。ただのビール製品ではなく、仲間のように受け入れられていることがわかるだろう。
 ネーミングも社内で決める。ターゲットであるTSUBAKIな女性は、どんな時にお酒を飲みたいかヒアリングすると「週の真ん中あたりで一息つきたい時」という声があった。また、好きなもの、癒されるものを聞くと、何人かが「ネコ」と答えた。これをもとに議論を重ね「水曜日のネコ」という名前が生まれた。
 デザインは「個性的かつ世の中にないもの」そして「賛否両論分かれるもの」を前提としている。誰からも嫌われないデザインは無難だが、その代わりものすごく好きという人もいなくなってしまう。賛否両論分かれても、ターゲット層の中で3割から5割の人がすごくいいと言ってくれたデザインを元に「水曜日のネコ」をつくった。


「水曜日のネコ」なんて売れるの?


 当初は社内でも「そんな製品を市場は求めているのか」「水曜日にビールを飲みたいなんて聞いたことがない」という意見があった。だが、今存在しないものは、消費者は判断できないのだ。私たちは水面にあらわれる情報から氷山の一角を嗅ぎ取って製品化する。もしくは、一角すら見えない中で仮説を立てて物をつくらなければいけない。かつて、シリコンバレーに行った時、起業家たちは皆口を揃えてこう言っていた。「失敗してもいい、うまくいくかどうかは誰もわからない。リスクも取りなさい。そして、小さく生んで大きく育てよう」と。私はそのマインドを素直に受け止めて、今も実践している。
 「水曜日のネコ」は、戦略的にみるとトレードオフが詰まっている。統計では、水曜日はビールがあまり消費されない曜日だ。にもかかわらず、水曜日を取って他の6つの曜日を捨てている。また、ネコを取ってネコ嫌いの人を捨てている。そして、普通のビールメーカーはできるだけ多くの人が飲んでくれるビールをつくろうとするが、私たちは30代前後のTSUBAKIな女性から支持されたら、他の年代が無反応でも仕方ないと考えを捨てているわけだ。
 結果的に「水曜日のネコ」は大成功だった。発売して5、6年経つが、未だに前年比売上2ケタ増で急成長中だ。30代前後のTSUBAKIな女性から圧倒的な支持があるが、それだけでなくより幅広い層の女性と、さらに若い男性にも飲まれている。狭いターゲットを狙ったにも関わらず、結果として想定よりもかなり広い層に飲んでもらえているという事例だ。


熱狂的ファンを増やしたい

 当社が主催する「超宴」というファンイベントがある。2017年5月に軽井沢のキャンプ場を貸し切って1泊2日のキャンプスタイルのビールイベントを企画したところ、チケットはわずか15分で完売、全国から1000人が参加、満足度は91%だった。その半年後には神宮球場を貸し切って4000人のファンイベントを実施。そして今年は10月末にお台場で5000人を集めたファンイベントを行った。
 これは戦略のトレードオフでみると「直近の売上を捨てて、ファンの究極の満足度を取る」プロモーションだ。軽井沢のイベントは数百万円の赤字だった。神宮球場は数千万円の赤字になった。そして今年のお台場はさらに赤字が拡がった。私たちの規模の会社で1日で数千万円赤字を出すのはかなり厳しい。他の企業は真似をする気も起きないだろう。
 ここで言いたいのは「売上につながらない取り組みが、熱狂的ファンを生み出し増加させていく」ということだ。たとえば短期的なキャンペーンは、効果が見えるからやりやすいが、キャンペーンが終わったとたん売上が元に戻ってしまう。見える化はできているが持続性がなく、他社がすぐ真似をしてしまう。そういう競争から私たちは脱却したい。お客様が満足する取り組みを続けていけば、きっと熱狂的に支持される。そういう信念を持っている。
 あるインターネット通販で、私たちは「ビール・洋酒」ジャンルのMVPに10年連続選出されている。表彰式に毎年呼ばれるのだが、その晴れ舞台に私は毎回ユニークな仮装で出席している。それはファンに喜んでもらいたいからだ。私たちの仕事は単なるビールメーカーではなく、ビールを中心としたエンターテイメント業である。「よなよなエール」のキャラクター「知的な変わり者」は会社の文化でもあり「笑われてもいいから記憶に残る」というのが私たちのポリシーだ。
 世の中には優れた経営者がたくさんいる。私は彼らのようには絶対になれない。だから、まっとうなビジネスの経営者になることを完全に捨てて、日本一クレイジーな仮装社長になろうと思っている。
 「突き抜けた個性は賛否両論を生み出し、熱狂的なファンを生む」。賛否両論があっていいと最初から腹をくくってやると、意外とたくさんの方が支持してくれる。そして後から売上はついてくると信じている。変わり者と呼ばれて笑われてもいい。それでも私たちは「よなよなエール」で人々を幸せにし、そして世界を平和にしたいと本気で考えているのだ。