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インバウンドセミナー

訪日旅行者とこれからのインバウンド観光の変化

ふりかえり「コロナ以前のインバウンド」

一般社団法人ジャパンショッピングツーリズム協会 代表理事 事務局長 
株式会社USPジャパン 代表取締役社長

新津 研一 氏

本当の競合は日本の外にある

 インバウンド市場は2019年までは好調だった。しかし2019年末、あるいは2020年初頭の春節シーズンは、東京五輪直前にもかかわらず万全の状態でインバウンドを迎えられているとは言えない状況だった。売れている理由・売れない理由はわからず、どのプロモーションが当たっているのかも実はよく分かっていなかった。各地・店頭での受け入れ態勢が不十分でオーバーツーリズムの問題が発生。事業者・メーカー間でインバウンド対応について温度差が生じ、社内では経営層とマーケティング部門と現場、国内と海外、それぞれの間でインバウンド戦略がちぐはぐになる――2019年頃はこうした状況だった。数字の面でも、単価が頭打ちになり、客数の伸びが鈍化。「東京五輪があるから突き抜けるはず」と期待し、「なんとなく課題がある」ことを認識しながら突き進んでいたのではないか。本来であれば、2019年末からの3年間は課題に向き合い、イノベーションに取り組むべき期間だった。
 コロナ以前を反省し、どんな課題があったかを把握することは、インバウンドが再開してこれから再拡大し、さらにはピーク更新にチャレンジするためには欠かせない。課題を整理すると大きく3つ挙げられる。
 一つ目の課題は、「いつの間にか、国内事業者の戦いになっていた(本当の競合は誰?)」ということだ。
 インバウンド以前、消費市場は縮小傾向が続き、国内企業同士でマーケットを食い合う競争に終始してきた。それがインバウンドにより状況が一変し、競争はドメスティックなものではなく、数ある国から「日本」を選んでもらうためのグローバルな戦いに変わった。
 多くの外国人が来日する理由は、個別の商品ブランドではない。各地でのサイトシーイングや体験を含む「日本」というコンテンツが魅力的だから来日する外国人が増え、その結果としてメーカー各社の商品の売上が上がったのだ。実際、各社間で売上の伸び率に大差はなかったはずだ。
 つまり、本当の競合は国内の他社メーカーではなく、日本の外にある。であるならば、取るべき施策は訪日客を増やすことであり、そのためにも業界を挙げて「オールジャパン」で日本製品の特色や強みを対外的にプロモーションし、日本製品全体をブランディングするべきではないか。これが各社の売上アップへの一番の近道と考える。
 少子化に直面する日本とは違い、世界の人口は「1秒に2人」のペースで増え続けている。インバウンドが増えた大前提として、世界人口の増加により日本だけでなく各国を訪れる観光客が増えているということを忘れてはならない。こうした中で日本政府は観光立国を目指し、観光業では「オールジャパン」の取り組みが当たり前になっている。メーカーや小売業も学ぶべきだろう。


観光客が欲しているのは高付加価値

 二つ目の課題は、「いつの間にか、デフレ商品ばかりが売れた(本当の観光客の関心は?)」ということだ。
 観光客の関心は、居住者(日常生活者)のそれとは異なる。日常生活者が求める価値は、価格や利便性、客観的に比較できるもの、「他よりも安くて、便利で、質が高いもの」だ。一方、観光客の求める価値は、「そこでしか得られない」という体験や付加価値、「自分が好きだから、クチコミの評判が良かったから」という主観的・観念的なもの、言い換えれば「ハレ・非日常」だ。その意味では、観光客は日常生活者よりも高付加価値な商品を購入してくれるはずだ。しかし、これまでのインバウンドでは安価で価値の低いものが売られ続け、メーカー自身も高付加価値の商品を売ろうとしてこなかったように思える。例えば「日本土産のマストバイ製品5点セット」などの商品を企画し、個別に販売するよりも高価格で販売するといったことを仕掛けてきただろうか。そうした取り組みはあったとしても少なかったのではないか。こうした高付加価値化の仕掛けはもっとチャレンジしていくべきだろう。


クチコミ媒体としての訪日ゲストと日本在住の外国人

 三つ目の課題は、「いつの間にか、外部にお任せに(商売の基本で対応できるはず)」ということだ。
 商売の基本は「お客様」を知ること、つまり適切なセグメンテーションやターゲティングといった基本的なマーケティングの実践だ。多くのメーカーでは、お客様が日本人の場合はこうしたマーケティングができているが、外国人が相手となると代理店などの外部に頼りがちだ。もちろんマーケティング活動を進める上で外部の力を活用することに問題はないが、1から100まで全てを丸投げすべきではない。例えば、インバウンド戦略における「クチコミ」の重要性はどの企業もわかっているはずだ。実際、どこの国の訪日ゲストもSNSやクチコミサイト、ブログ、検索エンジンといったデジタルメディアを通じた「クチコミ」で日本の情報を得ている。一方で、「日本在住の親族・知人」「自国の親族・知人」も重要な情報源となっている。これもまた「クチコミ」だ。日本の企業は、代理店なども活用してデジタルメディアへのクチコミ対応はしてきたが、来日している訪日ゲストや日本在住の外国人を意識したクチコミ対応がどれだけできていただろうか。これも大きな反省点の一つだろう。


「シン・訪日ゲスト対応」でピーク更新を目指せ

 課題は多いが、今後に向けて明るい兆しもある。全国的に観光客が回復し、受け入れ態勢が間に合わない状態となっている。訪日客数も2022年末から2024年にかけて急激な「V字回復」レベルで推移している。百貨店売上高は2022年12月には2019年同月比で約7割にまで戻っている。しかも、かつて訪日ゲスト数全体の3割を占めていた中国人ゲストの98%が戻っていない状態でこの水準にまで回復している。円安や高額消費など、日本人とは異なる志向の中でインバウンド消費が回復していることは念頭に置いておきたい。
 2022年の訪日客数は383万人だった。東京だけを見ると欧米からの訪日ゲストが増えている印象だが、全国的にはアジアからの訪日ゲストが増えており、全体の3分の1は韓国からの訪日ゲストで100万人を超えている。ベトナムをはじめとする東南アジアの回復も早い。
 国内でインバウンドが急回復している場所の代表例が福岡だ。福岡空港の国際線では、韓国路線は往復で1日30便以上に回復。高速フェリーもほぼ全便全席満席という状態が続いている。百貨店がVIP対応組織を立ち上げたり、ドラッグストアが外国人販売員の採用を増やしたりするなど、現地の小売業の動きも早い。


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 プラネットのインバウンド研究会は、「競合を超えて、訪日ゲストに真摯に向き合い、自らの手で新しい市場を創出」をテーマに、インバウンド草創期から取り組んできた。ここで挙げた3つの課題に対するヒントは、これまでのインバウンド研究会の成果や知見の中にも見出すことができるはずだ。
 これまでのインバウンド対応を反省もせずに今後も繰り返し、2019年の状態に戻ってしまうのは本当にもったいない。業界を挙げて進化・深化した「シン・訪日ゲスト対応」を見つけ出し、取り組むことでインバウンドのピーク更新にぜひチャレンジしていただきたい。