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インバウンドセミナー

『中国市場の構造変革の本質』と『インバウンド市場の今後』 を凝縮して学ぼう! (2019.03のアップデート版)

まだまだ伸びる訪日観光産業を掴め ~15兆円市場獲得のヒント~

一般社団法人ジャパンショッピングツーリズム協会 代表理事 事務局長 
株式会社USPジャパン 代表取締役社長

新津 研一 氏

ラグビーワールドカップの学びを今後に活かそう

 政府は訪日外国人旅行消費額を2030年に15兆円とする目標を掲げている。今回のセミナーでは、ラグビーワールドカップ(RWC)で得られた学び、訪日客3000万人時代のマーケティングの考え方、中国市場の現状、訪日市場の今後についてお話ししたい。
 RWCは国内外で盛り上がり、2020年の東京オリンピックに向けて学べる点が多かった。まず挙げたいのは、RWC開催期間中は初めて日本を訪れる外国人が多かったということだ。彼らは不安と期待を抱きながら日本を訪れ、従来の訪日客とは関心や興味も異なっていた。多くの訪日客の主目的がショッピングでなかったことにも着目したい。訪日客によく売れたのはジャージや国旗などの応援グッズ、飲食物、暑さや寒さをしのぐ衣料品といったゲーム観戦に関係するものだった。ラグビーファンがSNSで大会の様子を発信し、驚きや感動がシェアされたのも今回のRWCを特徴づける現象だろう。忘れてならないのは、これらの顧客動向の多くが予測されていたということだ。今後、東京オリンピックでもさまざまな顧客動向の予測が出るはずなので、これを前提に十分に準備するようにしたい。
 RWCのインバウンド対応で、事前に準備をし、実践された取り組みで好評だったものとしては、ボランティアガイドと公共案内が挙げられる。例えば、東京のあるボランティア団体は、外国人でもすぐにわかるように、都内の試合会場(東京都調布市の東京スタジアム)の英語表記である「Tokyo Stadium」と大きく書かれたボードを手に持って主要ターミナル駅に立ち、多くのラグビー観戦客の困り事の相談に乗った。
 単純な施策が集客の明暗を分けたことも指摘しておきたい。参加国の国旗を掲げるなど、歓迎と共感の気持ちをアピールできていた店には訪日客が集中した。世界的なチェーン店や本格的なアイリッシュパブなど、外国人に馴染みの店や扱う商品がわかりやすい店も人気だった。「安心感」と「わかりやすさ」が施策のキーワードだ。
 一方、事前の準備が十分にできず、商機を逃した例も見られた。例えば、RWCのオフィシャルストアでは半袖のTシャツが多く並べられたが、売り切れたのは長袖ばかりだった。南半球のラグビーシーズンを踏まえてニットキャップやマフラーなどの冬物の売れ筋を多く取り揃えていれば、ストアの売上はもっと伸びていたかもしれない。
 20年以降は東京オリンピック、ワールドマスターズゲームズ、大阪万博など国際イベントが続く。企業や自治体にとって、インバウンド対応への取り組みを継続できる安心材料となりそうだ。


訪日客3000万人時代に求められるマーケティング手法

 世界では海外旅行者の増加傾向が続いている。現在、日本には世界196の国・地域から約3000万人が訪れ、今後も増えるのは確実だ。しかし、増え続ける訪日客の全てにアプローチするのは現実的ではない。ターゲットを絞り、最適なマーケティングを実践する必要がある。具体的には二つの特性に着目してセグメント(分類)すべきだ。
 一つは「外国人」としての特性だ。訪日客がどの国・地域の出身かわかれば、その国・地域の気候や言語、歳時記・休日、宗教・政治、経済・人口動態などに応じて、さまざまなアプローチが考えられる。例えば、国・地域によって普及しているSNSやスマホアプリは異なるため、広告などのコミュニケーション施策ではこれを考慮する必要がある。
 もう一つは、「旅行者」の行動特性だ。旅行の経験や形態、目的、移動手段などは訪日客によってさまざまだ。スポーツ観戦が目的の人もいれば、ショッピングを楽しみたい人もいる。初来日の人にとって東京や大阪は欠かせないスポットとなるが、リピーターはよりニッチな地方に足が向いている。旅行者ならではの行動特性も考慮して、適切にアプローチする必要がある。


中国市場のトレンドワード~「おこもり国慶節」「国潮」

 「爆買い」は落ち着いたものの、引き続き中国からの訪日客の存在感は大きい。国籍別訪日客数で中国が占める割合は、2018年は4分の1だったが、いまや3分の1に達し、訪日外国人旅行消費額では約4割を占める。
 「中国からの訪日客は、いったいいつ頭打ちになるのか?」とよく聞かれるが、その質問はナンセンスだ。中国の海外旅行者数1億5000万人のうち、訪日しているのは5%の800万人に過ぎない。さらに中国の人口15億人のうち、旅行経験者は10%にとどまる。つまり、まだ中国国民の99%以上が日本に来ていない。
 前回セミナーで触れた中国市場のその後の動向についても少し触れておこう。まず電子商取引法の施行により、偽物が大幅に減り、悪徳業者もいなくなり、個人バイヤーの法人化が進んだ。これにより、消費者が安心してEコマース(EC)で買物できるようになった。日本を含む世界のブランドカンパニーも続々と中国のECに乗り出している。世界的に代行ビッグバイヤーの影響力が小さくなっており、パリでは総免税額に占めるビッグバイヤーの売上が5%を切っている。
 今回は「中国市場の今」を読み解くためのキーワードを2つ紹介しよう。一つは「おこもり国慶節」だ。19年の国慶節は建国70周年にあたり国中がお祝いムードに沸いたが、各地で大規模な交通規制が敷かれたため、若い世代の女性を中心に「どこも人だらけだから外出しない。旅行にも行かない」といった傾向が強かった。
 19年は自国の伝統的ブランドを見直し、これに回帰するトレンドを表す「国潮(こくちょう)」にも注目が集まった。これまでは粗悪なイメージが強い国産ブランドを敬遠し、海外ブランドを選ぶ消費者が多かった。しかし最近では、自国製品の価格と品質、デザイン性の高さを再評価する消費者が増えている。「メイドインジャパンが一番良い」と評価され、店頭に置けば買ってもらえた時代は遠からず終わるかもしれない。
 若い世代の女性の消費トレンドも押さえておこう。彼女たちに今、日本の恋愛シミュレーションゲーム『刀剣乱舞』が人気となっているのをご存じだろうか。今後、ゲームのキャラクターのモチーフとなった日本刀を目当てに訪日する中国人女性が増えるかもしれない。ここ数年はコラボ商品が注目を集めており、ポケモンとユニクロのコラボ商品や、資生堂とタピオカ有名店「鹿角巷(THE ALLEY)」がコラボしたコスメ商品が話題となったことが記憶に新しい。商品開発やプロモーションの次の一手を打つためには、消費トレンドの把握が欠かせない。USPジャパンでは、20~30代の中国人女性の最新のライフスタイルをランキング形式で紹介する情報媒体『中国女子図鑑』に企画協力している。中国の若い世代の「リアルな消費の今」を知るために、活用してほしい。
 中国からの訪日客は800万人だが、台湾や香港、シンガポールなどの「グレーターチャイナ」と呼ばれる中華圏からの訪日客は2000万人を超える。グレーターチャイナの訪日客についても、「外国人」と「旅行者」という2つの特性でセグメントしなければ捉えられない段階に来ている。


15兆円市場達成のために何をすべきか

 どうすれば訪日市場は15兆円にまで拡大できるのか。これを展望するには、ECの成長の軌跡がヒントになるかもしれない。ECと訪日市場には類似点が多いからだ。2000年に800億円だった日本のECの市場規模は、2018年には約20倍の17兆円にまで成長している。一方、訪日市場の規模は免税制度が改正された2012年には1000億円だった。これが2030年には15兆円になると見込まれている。つまり20年後にはECと同じ規模に育つと想定されている。
 ECの成長途上の時と同じように、政府は訪日市場を未来の成長市場と位置付け、規制緩和と投資を積極的に進めている。ECは「通信の充実」をきっかけに変革を遂げた。一方、訪日市場の成長の背景には「交通の充実」が挙げられ、どちらも「時間や距離を超えて買物をできるようになった」という共通点がある。顧客ニーズの面でも、ECではロングテールが重要とされ、訪日市場では「多様性」を意識した対応が重視される。マーケティングアプローチにしても、ECはOne to Oneの傾向が強まっており、これも「個人を特定した上でのモノ・サービスの販売」という点で訪日市場と共通する。さまざまな面で両者は通底しており、訪日市場にもEC同様の成長性が期待できると言えるだろう。
 もちろん、その実現は簡単ではない。政府は2030年に訪日客数6000万人を目指している。訪日外国人旅行消費額の目標額は15兆円なので、1人当たりの目標単価は25万円となるが、現在は16.5万円と遠く及ばない。また、政府は買物消費額6兆円を目標としているが、これを達成するには免税店舗数を現在の5万店から10万店に、1店舗あたりの買物消費単価を3000万円から6000万円にそれぞれ倍増する必要がある。
 15兆円市場の拡大には、ショッピングツーリズムのさらなる振興が欠かせない。日本各地で試合が行われたRWCでは、各地域の魅力が訪日客に評価され、地場の名産品やその土地ならではの体験など、付加価値の高い高単価の商品やサービスの販売が好調だった。今後の訪日市場の成長のためには、どのように「訪れて楽しい国・日本」というブランドを確立し、地域の魅力をいかに世界に伝えていくかが改めて問われている。

『中国女子図鑑』