株式会社プラネット

HOME > 知る・役立つ・参加する > インバウンドの取り組み > インバウンドセミナー > 2016・講演Ⅰ

インバウンドセミナー

「インバウンド消費 ~その実態と可能性~」

「モノ」から「コト」への変化する外国人観光客のニーズを理解しよう 
2015年に日本を訪れた外国人観光客数は2,000万人に迫り、現在も増加を続けている。彼らは日本をどのように見ているのか? 何に興味を持っているのか? そして今後はどうなるのか。プラネットは5月26日、東京・大手町において「インバウンド消費」をテーマにしたセミナーを開催し、インバウンド情勢に詳しい新津研一氏、中国を舞台にビジネスで活躍されている柳瀬真弓氏を講師に迎え、流通業界の皆様と共に、新しいマーケットとしてのインバウンド市場が潜在的に秘めている可能性について考えた。

インバウンド消費 ~その実態と可能性~ 

一般社団法人ジャパンショッピングツーリズム協会  専務理事 事務局長
株式会社USPジャパン 代表取締役社長

新津 研一 氏

(PLANET vanvan 2016年夏号(Vol.111)掲載記事より)PDF PDF版 (1.78MB)

世界で拡大するツーリスト市場と日本の現状

 日本では、この2、3年で外国人観光客が急増した。これは2013年に、政府が観光立国を推進する施策として訪日ビザを緩和した影響が大きい。さらにこれを後押ししたのが円安だ。あわせて2014年には消費税免税制度が改正され、民間企業がこぞってインバウンド市場に参入してきた。しかし世界的にみると、じつはツーリスト市場は1950年からずっと拡大を続けており、日本はこの2~3年前まではほとんどその恩恵にあずかっていなかっただけともいえる。シンガポールやマレーシアなどアジア各国は、20年以上前からショッピングツーリズムに積極的に取り組んできたが、日本の取り組みはまだ2年程度だ。
 通常のビジネスでは、PDCAサイクルに則り、戦略を立ててから施策を打つ。だがインバウンドの場合、戦略を立てる前にお客様が一気にやってきて、日本企業はなし崩し的に対応を迫られた。各社とも施策が先行し、今改めて戦略から見直そうという時期にある。


観光業界との連携が課題

 多くの人は旅行に行けば買い物をする。つまりショッピングと観光は密接な関係にあるのだが、日本では小売業と観光業の間の連携がまだ希薄だ。インバウンド市場は、小売業にとっては新鮮な、観光業ならではの特殊性がある。一つは未来の客数がわかること。小売業では明日の客足を予測するのも難しいが、外国人観光客の場合はどこの国から何人来るのか、3ヵ月先までほぼ把握できる。また、ほとんどの人は旅行会社で予約をして、飛行機で日本へ来て、電車やバスで移動してホテルに泊まり、観光へ出かける。このように非常に狭い道を通ってくるので、マーケティングがしやすいという特徴がある。
 もう一つ面白いのが、観光業ではリアルが価値を創り出すということだ。今までみなさんは、できるだけ労力や時間をかけない買い物を提供することに注力されていたかと思うが、実は観光客の志向は全く逆だ。彼らにとっては、何時間もかけ、苦労してやっとのことで手に入れたモノの方が、簡単に手に入るモノよりも価値があるのだ。


インバウンドに対するマーケティング戦略

 外国人観光客は増え続け、これから日本のマーケットは必然的に変わっていく。そこでは同業他社だけではなく、海外の企業が競合相手となる。今年3月、銀座に韓国企業のロッテ免税店※注がオープンしたように、観光客をターゲットにする企業の活動の場は自国内には限定されない。
 では、私たちはどのような戦略を立てればいいのだろうか。インバウンド市場においても、マーケティングのアプローチは通常と同じように、ターゲットを捉えて商品・販売・販促施策を検討することが基本だ。
 インバウンドのターゲットを考える時、「外国人」「旅行者」という二つの切り口がある。外国人という切り口では、国籍だけでなく、年齢や性別、さらに所得水準や文化、志向の違いなどから、できるだけ精緻に顧客層を分類したほうがいい。また旅行者という切り口では、訪日が初めてか、リピーターなのか。旅程は何日か、旅の目的は何か、移動手段は電車かレンタカーか、誰と一緒に行動するのかといった、小売業にとって新しい特性に着目し、自分たちの商品はどういうお客様に買っていただいたらいいのかを見極めていくことが大事だ。

※注:ロッテ免税店は通常、“Duty Free Shop”と言い、最近急増している“Tax Free Shop”の消費免税店とは区別され、消費税に加え酒税やたばこ税などの関税も免除される店舗をさす。


重要なターゲットとしての中国人旅行者

 訪日客の国別の客数と買物消費額を見ると、2015年の中国人観光客は約500万人、一人当たりの買物代は16.2万円で、総額8,000億円強。これは訪日客数の4分の1、買物消費の半分以上を占める。これほど大きな存在であるにも関わらず、中国人のお客様について、日本ではまだ理解が不足していると感じる。海外旅行をする中国人は世界全体では1億3,500万人にものぼる。日本に来る500万人は、そのわずか3%に過ぎない。40人学級で考えると日本に来るのは1人だけ、みなさんの印象とはかなり違うはずだ。
 一人当たりの買物支出は日本では16.2万円だが、アメリカでは40万円、フランスでは80万円も使っている。また昨年、日本で売れた最高額の商品は1億円の指輪だが、シンガポールでは46億円の指輪が売れた。中国人は日本で買い物をするようになったが、他の国々ではもっとたくさんの買い物をしていることを私たちは認識するべきだ。
 また、みなさんには、「爆買い」という言葉を使わないようにしていただきたい。「爆買い」にはネガティブなニュアンスが含まれている。たくさん買うけど転売するのだろう、たくさん買うけどマナーが悪い、どうせ一時のブームだろう、といった上から目線は相手にもすぐに伝わってしまう。お客様をただの金づるのように思っていては、マーケティングなどできない。訪日ゲストはみなさんにとって、新しい大切なお客様なのだ。


日本ならではの、豊かな買い物体験を

 観光庁はプロモーション方針として、「日本を旅行することでしか得られない3つの価値」を挙げている。それは、『日本人の気質にふれること』、『日本人がこだわり抜いた作品に出会うこと』、そして『日本人のふだんの生活を体験すること』の3つである。これはそのままショッピングにあてはめることができる。買い物をすれば、接客を通して日本人の礼儀正しさや親切さにふれ、商品を通じて日本人のこだわりや品質を感じ、店頭の品ぞろえや町歩きから日本の日々の生活を知ることができる。ショッピングツーリズムとは、単なる物欲を満たす消費行動ではなく、買い物を通して日本人や日本の魅力を体験することだ。これを私たちは、ショッピング・エクスペリエンス(買い物体験)と呼んでいる。
 豊かな買い物体験を提供するには、まず会社や商品のことを訪日ゲストに知ってもらう必要がある。ふだん日本人が当たり前と思っていることが、そのままでは通じないことも多い。たとえば「○○庵」が蕎麦屋だとわかっているのは日本人だけだ。外国人目線で自分たちの商品を見つめ直し、きちんと伝わる自己紹介を考えることが第一歩となる。


インバウンド プロモーションの特性

 次に、訪日ゲストの受け入れ環境として、言語対応やクレジットカード決済対応、免税、通信環境などを整備した小売業は多いだろう。だが重要なのは、受け入れ環境を整備したことをきちんと伝えることだ。せっかくクレジットカード対応しても、入り口に「カード使えます」と書いていなければ、店の中には入ってこない。その意味で免税店マークは、訪日ゲストを歓迎しているサインとして非常に有効なアピールになる。
 販売促進策については各社で戦略があると思うが、3つのプロモーションのポイントをお話したい。一つ目はBtoBだ。先述したように、多くの旅行者は旅行会社で旅行を予約して訪日し、個人手配の旅行であれば観光案内所に寄って目的地へと移動する。このルートから外れたところでPRしてもほとんど情報は届かない。たとえば日本ではあまり知られていないが、世界各国で開催される旅行博覧会は観光客への訴求力が高い。ここでは、世界中の国がブースを構えて自国をPRしたり、旅行代理店が旅行の即売会をやっていたりする。日本企業はこうした機会をもっとうまく活用すべきだ。一方、国内では観光協会や観光案内所などとの協力関係も求められる。
 二つ目にBtoCとして、自社店舗、店頭を見直していただきたい。今、訪日ゲストが情報を入手するいちばんの情報源はSNSである。なかでも信頼しているのは、実際に日本に来ている友達の口コミだ。そのため店頭では、いい商品をそろえ、それを口コミでシェアしてもらうような仕掛けをつくる工夫が必要だ。商品をどう説明してほしいのか、どんな写真をあげてほしいのか等を意識して、パッケージや棚割を考えたり、店舗でキャンペーンを展開したりすることが効果的なPRにつながる。
 三つ目が、共同販促だ。私はこれがもっとも有効な施策だと考えている。もし販促費が100あったら、自社商品のPRに50かけて、残り50はどこかと共同販促してほしい。訪日ゲストは、みなさんの商品を買うために日本に来るのではない。いろいろなものが買えて、いろいろな体験ができる場所に旅行したいのだ。そのためには同業他社やメーカー、小売業、観光業などが手を組み、地域が一体となってPRすることが大事だ。


訪日ゲストは最高のお客様だ

 これまでに、大都市や大企業だけでなく、小さな町や地方の商店街でもインバウンド施策の成功事例がいくつも生まれている。そこで聞かれるのは、「訪日ゲストは最高のお客様だ」という声だ。それは経済効果のことだけを言っているのではない。インバウンド対応のために、商店街の店舗同士、あるいは異業種や行政などとの連携が促進される。また、外国人の目線で地域を見つめ直すことが、新たな観光資源の発見やストーリーの創造につながる。そしてそれが、地域の自信や誇りを取り戻す力となっているというのだ。
 一つの事例として、日本でもっとも評価の高い外国人観光客向けのツアーを紹介する。飛騨古川の里山サイクリングツアーだ。地元の人たちは「ここには山や田んぼ以外何もないので、集客は難しい」と考えていた。しかし、外国からの旅行者にとっては、きれいな水や空気にこそ大きな価値があった。自分たちが見落としていた魅力をマーケティングで引き出す人がいて、さらに地域全体がしっかりと時間をかけて準備し、同じ気持ちで取り組んだ結果、多くの外国人観光客に喜ばれるツアーが生まれ、地域の活性化をもたらしている。
 自分たちの商品の魅力は十分わかっているつもりでも、訪日ゲストの目線というフィルターを通すと、改めて別の魅力や表現の方法が見つかるかもしれない。個々の企業の戦略も重要だが、日本の魅力をもっと広い視野でとらえ、オールジャパンとしてのPRができれば、国際間競争の中でも、日本はインバウンド市場を攻略できるのではないだろうか。