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インバウンドセミナー

『インバウンド消費の現実を知ろう! ~訪日客4,000万人時代の幕開け~』

2017年6月21日(水)、日比谷図書文化館にて、昨年に続いて2回目となるインバウンド消費に関するセミナー『インバウンド消費の現実を知ろう!~訪日客4,000万人時代の幕開け~』が開催され、消費財メーカーや卸売業を中心とする92名の方々にご来場いただいた。当日は、一般社団法人東北インアウトバウンド連合理事長の西谷雷佐氏、一般社団法人ジャパンショッピングツーリズム協会 専務理事 事務局長の新津研一氏の両氏による講演と、2016年8月から2017年3月まで開催された「プラネットインバウンド研究会」の活動報告が行われた。今回、当ページでは、西谷氏と新津氏の講演抄録を紹介する。

インバウンドを活用した地方創生の決め手は
「あるもの活かし」と「編集力」

一般社団法人東北インアウトバウンド連合 理事長 
たびすけ合同会社西谷代表

西谷 雷佐 氏

(PLANET vanvan 2017年秋号(Vol.116)掲載記事より)PDF PDF版 (1.78MB)

地域の魅力を因数分解

 私は地元の青森県弘前市で、着地型観光に特化した旅行会社を5年前から経営している。コンセプトは「あるもの活かし」だ。
 たとえば青森はりんごが有名だが、りんごの収穫ツアーは秋しか開催できない。そこで最初に考えたのが、冬にりんごの枝を切る「剪定作業体験ツアー」。じつは青森は、もともとりんご作りに適していない土地だった。だからみんなが工夫して、おいしいりんごをつくるための剪定技術が世界一のレベルに発展した。そのようなお話を冬のりんご畑で農家の方々に伺いながら、実際に剪定を体験し、自分たちが切った枝で焼いたりんごを食べる。このようにりんご農家の普段の暮らしぶりをエンターテイメント化して提供したところ、これが大ヒットしていろんなオファーが来るようになった。
 一つだけで観光客を呼べる観光資源となると、青森にはねぶたと弘前公園の桜くらいしかない。でも、剪定体験と焼きりんご、あるいは地酒、温泉など、二つ、三つのものがかけ合わさったら、意外とそれに匹敵する魅力になる。地域の魅力を因数分解し、それを掛け算して編集する。それは、その地域を知っている人間だからこそ、できることだろう。


幕の内弁当ではなく、ドリアン弁当を

 「手ぶらで観桜会」は、場所取りから食事やお酒の用意、後片づけまで全部私たちが準備し、忍者のお酌で花見を楽しんでいただくというツアーで、インバウンドのお客様に大変人気がある。ちなみに「弘前さくらまつり」は毎年200万人以上を集客しているが、弘前公園で使われるお金は一人当たりわずか600円だ。トイレが使われ、ゴミを捨てられて、600円しかお金にならないとしたら、観光客の入込数(来場者数)にどんな意味があるのだろうか。桜というコンテンツをそのまま提供するのではなく、きちんと商品にして、地域にお金が落ちる仕組みをつくることが重要だと私は考える。
 地元では面倒な作業でしかない雪かきも、雪に触れたことのない方々にとっては魅力あるコンテンツになりうる。このアイデアが「津軽ひろさき雪かき検定」というイベントを生むきっかけとなった。ほかにも、海岸できれいな石を拾う津軽錦石拾いツアーや、刀剣をめでる刀剣ツアーなど、これまでの青森観光にはなかったツアーをいろいろ企画し、実施している。極めつけは、「短命県体験ツアー 青森県がお前をKILL」。青森は塩分摂取量日本一、カップラーメン消費量日本一、喫煙日本一という短命県であり、このすべてを体験しようというのがツアーの主旨だ。ここまで内容を尖らせるとさすがに賛否両論で、おかげ様でネットやテレビ、週刊誌、地元新聞など、様々な媒体で取り上げていただいた。
 ツアー企画の中に自治体のすべてのコンテンツを入れようとすると、結局どれも目立たなくなってしまう。私がつくるツアーは、世間一般ではなく、ある程度の人数がいるコミュニティをターゲットとしている。弁当で言うなら、無難な幕の内ではなく、ドリアン弁当だ。嫌いな人は見向きもしないけど、好きな人にはたまらない弁当をつくって、それを好きなコミュニティに紹介する。そうすれば継続的にファンになっていただける。
 地域をどのように理解し、表現するかは、そこにいる人たちの人間力にかかっている。地域の魅力を糸に例えるとしたら、あなたには何本の糸が見えるだろうか。弘前なら、普通の人に聞くと、桜、ねぷた、りんごなど、多くても50本だ。でも私には、短命県、雪かき、錦石等々、800本くらいの糸が見えている。それらを弘前に来る方々に合わせて、あなたにはこの糸とこの糸という風に組み合わせて編みあげる。それが編集力だ。私は自分のことを、地域を編む編集者だと思っている。「いつでも、どこでも、誰にでも」ではなく、「今だけ、ここだけ、あなただけ」という、瞬間をちゃんと切り取って編集できる力。それがこれからの着地型観光、そしてインバウンドにおいて大切になってくると確信している。


弘前だから来るわけじゃない

 弘前のツアーをつくっていく中で、今後は広域連携が必要だと感じ始めている。たとえば弘前から車で15分くらいの黒石市に「つゆ焼きそば」というB級グルメがあるが、これは弘前で食べられない。逆に弘前名物の「いがめんち(イカメンチ)」は、黒石市では食べられない。観光客にしてみれば、なぜこれらを一緒に食べられないのかと思うだろう。
 中国の旅行者と話していると、青森を北海道だと思っている方が結構いらっしゃる。海外旅行先のエリア認識とは、そのようなものだ。ましてや車で15分の距離で、市町村が違う、名物料理が違うというのは、私たちの事情であって、観光客にしてみれば関係ない。弘前だけ、青森だけなどと言っている場合ではない。
 観光客は、地名ではなくコンテンツで行く先を選ぶ。弘前で検索して来るインバウンド旅行者はいない。桜を見たいから、弘前に来るのだ。だから、弘前の知名度を必死に上げるよりも、そのエリアに何があり、何ができるのかというコンテンツをアピールしていくことの方が大切だ。
 昨年、東北6県の異業種15社が集まって、東北インアウトバウンド連合を立ち上げた。一般企業による広域連合で、観光事業や物産、人材育成、コンサルティングなど、さまざまなことを手がけている。当連合が実施するプロモーションの一つとして、チャンネル登録数40万くらいのYouTuber(ユーチューバー) ※と連携しながら、東北を売り出している。欧米の人は、神戸牛は知っていても米沢牛は知らない。そこで山形県米沢市の旅館に泊まって温泉に入り、米沢牛を食べるという動画をつくったところ、70万ビューの視聴があった。その結果、撮影の舞台となった旅館は予約が殺到し、今ではクライアントから逆オファーがどんどん来るようになってきた。


目指すのは“縁(エン)バウンド”

 インバウンドを受け入れる際、文化の違いが問題になることもある。ある時、りんご収穫体験ツアーに来た団体客が、当然のように実際より少ない人数の料金で済ませようとした。受け入れた農家の方は別にいいよと言ったが、それはだめだと私ははっきり断った。しようがないとか、言わなくてもわかるという日本人の感覚で対応してはいけない。それが横行すると、他の農家にも迷惑がかかってしまう。だめなものはだめ、もらうものはもらうということを徹底する覚悟と意志がなければいけない。そのためにも、日本人とは感覚も文化も違うんだと現場の人たちが理解できるように、文化の通訳のような存在が必要だろう。
 これからのインバウンドは、地方の時代になる。2016年に、日本へ2,400万人の外国人旅行者が来ているが、東北6県にはまだ50万人も来ていない。つまり伸びしろが大きいということだ。ただし、同じことを他の地方も考えているわけで、東北の優位性をいかに高めていくかがポイントになる。観光とは、もともとは優れたものを見に行くという言葉らしいが、これからは、まだ光の当たっていない場所に光を当てることが観光になるのではないだろうか。
 自社の商品やお店、あるいは自分の町をアピールするいちばんシンプルな方法は、自分自身を発信することだ。競合のない商売なんてない。JRや飛行機のチケットはどの旅行代理店でも買えるし、インターネットでも予約できるのに、「どうせ買うなら、たびすけから買いたい」と言ってくださる方がいらっしゃる。そういう関係性をたくさんつくっていくことが、これからのビジネスの鍵になる。マーケットが大きくなればなるほど、基本的な部分をどれだけ積み重ねていけるかが大切だ。公正さは必要だが、平等である必要はない。一人一人のお客さまをえこひいきし、特別扱いすることで、縁をつないでいく。インバウンドを“縁バウンド”にしていくのが私のやり方だ。
 顧客ニーズを考え、そこから自分にできることを探すというアプローチもいいだろう。でも、自分のやりたいことがあって、それを求める顧客は誰だろうという考え方でもいいと思う。今日紹介したツアーも、私が好きだから、楽しいからやっている。こういう要素は、絶対にお客さんにも浸透していく。
 今は激動の時代で、毎日のように新しいインバウンドの会社や商品が生まれている。何かを面白いと思ったら、誰かがやる前に自分が始めることが大事だ。だからこそ私は、動きながら考えるということを何より大切にしている。やってみてダメだったら、修正すればいい。何事もやってみなければ、わからないのだから。
※独自に製作した動画を継続的に公開する人物や集団を指す名称。