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前田 裕二(まえだ ゆうじ) :
NTT宇宙環境エネルギー研究所 所長 博士(システム情報科学)

NTT宇宙環境エネルギー研究所
地球環境の再生と持続可能かつ包摂的な社会の実現に向けた革新的技術の創出を目的とするNTT持株会社の研究所(2020年7月発足)。防災科学技術研究所との共同研究会、「レジリエンス社会」をつくる研究会において、「しなやかな社会」に関する共著をシリーズで発表。最新刊に『しなやかな社会の実現』(2022年)がある。

異常気象による災害、コロナパンデミック、ウクライナ侵攻による食糧やエネルギーの逼迫など、世界各地でさまざまな危機が発生している。国難級の災害が発生した場合、社会や企業、個人はどのように復旧・回復を図っていくのか。未知の脅威を乗り越える「レジリエンス社会」の実現に向けた提言を紹介する。

多様な危機に直面する現代 迫り来る巨大地震

 2011年に発生した東日本大震災は、東北地方の沿岸部を中心に、死者・行方不明者1万8000人以上という未曾有の被害をもたらした。福島第一原子力発電所の事故は全世界に衝撃を与え、現在も多くの避難民が帰還できない状況が続いている。その後も2016年の熊本地震、2018年の西日本豪雨など、甚大な被害を出す自然災害が全国各地で頻発している。
 自然災害だけではない。国境を越えて攻撃してくるサイバー犯罪や感染症の脅威も増大している。2019年から始まった新型コロナウイルス感染症の世界的な流行は、人やモノの交流が飛躍的に高まった現代社会の脆弱性をさらけ出し、世界のあり方を大きく変えた。
 現在、日本に住む私たちが直面する最大の危機は、今世紀半ばまでに必ず起きると予測されている南海トラフ地震と首都直下型地震である。
 南海トラフ地震は今後40年以内に約90% の確率で発生すると評価されており、時期は2035年±10年。すなわち、3年後の2025年には起こる可能性がある。その最悪のシナリオは、マグニチュード9.1、死者32万3000人、全壊238万棟、被害総額は214兆円とされ、5メートル以上の津波が押し寄せるエリアは13都府県124市町村に及ぶ。
 南海トラフと近接して起こるとされる首都直下型地震は、最悪のシナリオで死者2万3000人、全壊・焼失61万棟、被害総額95兆円に上ると試算されている。両方を合わせると、被害総額は300兆円を超え、まさに国の存続そのものを脅かす国難級の災害になると考えられる(図表1)。
 被害をゼロにすることは不可能であり、発生した場合は、被害を乗り越え、早期の復旧・復興を実現する力を高めていかなくてはならない。そのために重要なのが「レジリエンス」という考え方である。
* レジリエンス : 英語のResilienceは「復元力、回復力、弾力性」などと訳される言葉で、近年は「困難な状況にもかかわらず、しなやかに適応して生き延びる力」という意で使われる

より良い復興を目指す「ビルドバックベター」へ

 レジリエンスとは何か。私たちは、災害発生前の機能に戻すために「抵抗力を高めて被害を抑止」するとともに、「回復力を高めて復旧時間を短縮する」という能力を総合したものと捉えてきた。
 図表2は今後、日本が目指すべき「レジリエントな社会」を表したものだ(一部抜粋)。「レジリエンスレスポンス」の三つの図形は、縦軸が「機能」、横軸が「時間」を示す。平時の機能を100%とすると、災害・危機の発生でそれが大きく下がり、時間をかけて元に戻る過程を表している。
 一つ目は、抵抗する(Resist)と吸収する(Absorb)で、外からの力に対抗、抵抗する、あるいはその力を飲み込んでしまう対応の仕方である(耐える: 靭性(じんせい))。
 二つ目は、順応する(Accommodate) と回復する(Recover)で、一時的に機能を失うが、時間をかければ元に戻る形である(復元する:弾性)。
 三つ目は、変形する(Transform)と適応する(Adapt)で、機能が元の形に戻らない。東日本大震災以降、明確にされてきたもので、すべての機能を元の状態に戻すのではなく、高めたほうが良い機能は高め、減らしても良い機能は減らしていく。現実に即して前とは違うレベルで安定する形である(より新しい形に変容する: 塑性(そせい))。災害を契機に災害前より良くなる復興を目指す、「ビルドバックベター(Build Back Better)」の発想であり、今後の復興のベースとなる考え方である。


未知の脅威の発生に備え復興後の青写真を描く

 三つの図形の振る舞いは、自然災害の種類や大きさ、強さなどとともに、社会がもっているレジリエンス力によって規定される。
 社会のレジリエンス力は、個人の自助努力、コミュニティの互助・共助能力、そして社会の公助能力の相互関係などによる。そこに影響を与えるのが、社会構造や生活スタイルの変遷、科学技術の進展である。社会や生活の変化は自然環境の変化をもたらし、極端気象という形で、災害が起こるリスクを高める。レジリエンスを向上させるには、社会の構造やしくみ、生活スタイルなどをより望ましい方向に向けられるよう、社会全体で取り組むことが大切になる。
 企業においても同様であり、ビルドバックベターの発想を念頭に、レジリエンス力を高めておかなくてはならない。
 いざ災害・危機が発生した場合は被害を最小限に抑え、スムーズに事業再開できる方策を講じておくとともに、脆弱な部分を見直し、災害・危機前より進化した事業体に変容させていく。そのために、目指す方向性や将来像はどのようなものなのか。自社のあるべき姿を青写真として描き、社内で共有しておく必要がある。さらに青写真の実現手段も具体化しておかなければ、実際の災害・危機発生後は元に戻す復旧だけで力尽きてしまうだろう。
 NTTグループでは本社や間接部門などの地域分散を拡大し、地方に住みながら本社業務に従事できる働き方を推進しており、2022年7月からリモート勤務できるすべての社員が自宅勤務になった。こうした構想は以前からあったが、背中を押したのがコロナパンデミックだった。

地産地消型社会によりレジリエンス力を高める

 コロナ禍を経て、「ニューノーマル」が常態化している現在、目指すレジリエンス社会とはどのようなものか。その一つのカタチが「自律・分散・協調型社会」である。
 図表3はこれまでの中央集権型社会と自律・分散・協調型社会を対比したものだ。教育や医療、職業などの分野は、ICT(情報通信技術)の進展によって「ワンプラネット(一つの惑星)化」し、「トランスナショナル(国境を越えた)レジリエンス」を向上させると考えられる。
 重要なのは、ベーシックニーズを満たす「ローカルレジリエンス」を強化していくことである。生きるために不可欠な水、食糧、エネルギー、住まいの四つを、それぞれの地域で「自律」的に確保できるよう自給率を上げ、人口や経済活動などを「分散」して被害リスクを低減し、情報通信技術の活用などによって各地域が「協調」する必要がある。
 そのためには、大都市への一極集中から地方への分散を進め、それぞれの地域でモノやサービスを確保でき、魅力あるライフスタイルを送れる「地産地消型社会」への転換を図ることで、レジリエンス力を高めておく。


ニューノーマルをきっかけにレジリエンス社会の実現へ

 行き過ぎた経済中心の社会を是正していくことも大切だ。産業革命以後の約200年で人間がもたらした環境破壊の影響はあまりに大きく、水や食糧などのベーシックニーズの確保を危うくするだけでなく、自然環境の悪化が災害のリスクを高める結果を招いている。経済至上主義を脱し、お金よりも健康や生きがいを重視し、一人ひとりが充実した人生を送れるような価値観への転換が求められる。ニューノーマルによって生まれた新しいライフスタイルは、この流れを加速させる。
 また、災害・危機を減らし、レジリエンス力のある持続可能な社会にするには、温室効果ガスの排出を減らし、早期にカーボンニュートラルを達成することが重要だ。そのために欠かせないのが技術革新である。科学技術立国として、経済成長と環境負荷低減を同時に図るためのイノベーション力が求められる。革新的なイノベーションは働き方や生活を変えるだけでなく、災害・危機を事前に予測し、その被害を小さくする可能性を秘めている。
 社会は何かのきっかけがないと大きく変わっていかない。リモートワークを実施するためのソフトウェアやネットワーク技術はコロナ以前から存在していたが、コロナを機に急速に広まった。ピンチは新しいことを生み出すチャンスでもある。
 そうした変化をすんなりと受け入れる若い世代を中心に、SDGsの考え方が浸透し、「増やして豊かにする」から「減らして豊かにする」方向性へ、社会の価値観も大きく変化しつつある。「レジリエンス社会」の実現は、地球全体の自然バランスを復活させることでもある。国、自治体、企業、家庭のそれぞれがレジリエンス力を高めながら、国難級の災害・危機が発生した場合でも最小限の被害で乗り越える備えや戦略を持ち、具体策を講じておくことが重要である。