株式会社プラネット

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オンライン市場の拡大、DX、シェアリングエコノミー化、SDGsの浸透、
製造・物流コストの上昇、所得格差の増大……。
以前から起こりつつあった変化は、コロナ禍を経てさらに加速した。
流通業はこれからどのような戦略を講じるべきなのか。
学習院大学でマーケティングやプライシングを研究する上田隆穂教授をお招きし、
当社社長・田上正勝と、流通の将来像について語り合っていただいた。

買物の楽しさはどこへ 超ドミナント化で新たな接点

田上
 大変ご無沙汰しております。上田先生には2011年のユーザー会の基調講演にご登壇いただいておりますし、私個人としては2016年までの4年間、学習院マネジメント・スクールの基礎講座で講師の勉強をさせていただいた時にお世話になりました。
上田
 そうでしたね。またお話しする機会をいただきうれしく思います。
田上
 昨年『利益を最大化する価格決定戦略』を出版された先生にお伺いしたいことがたくさんありますので、早速進めさせていただきます。
 まずコロナ禍による変化を見ると「巣ごもり消費」が定着したことで日用品・化粧品については自宅でストックする商品の量が増えています。
 また小売業では人件費の抑制と接触回避が重なり、セルフレジやセルフ精算、マイバッグ持参の浸透などにより店員と来店客との接点が極端に減ったように感じます。効率化の観点では良いことなのですが、お店でのコミュニケーションが減少したことで買物の楽しさが失われていくのではないかと感じています。
上田
 買物の回数が減り、まとめ買いをしていることが家庭内ストックの増加につながっています。接触の回避はセルフレジなどDX(デジタル・トランスフォーメーション)の進展と密接に絡んでいます。店側は経費節減で人手を減らし、店内の見せ方など人との接触以外の点で楽しさを提供する方向に変わってきています。
 一方、中部地方のスーパーマーケットであるバローがディスカウントストア、ドラッグストア、フィットネスクラブ、ベーカリーなど多様な業態を展開して超ドミナント化を進めているように、店内にとどまらず地域内での接点を増やしている企業もあります。
 コロナ禍は非正規労働者が失業するなど労働問題を直撃したため所得格差を増大させ、二極化が進みました。大手小売業のなかには、消費者の低価格志向に対応してディスカウント業態を新たに展開しているところもあります。
田上
 DXの取り組みなどに加えて、超ドミナント化、二極化への対応が消費者の心をつかむ上で、コロナ禍以降の小売業にとって重要な戦略ということになりますね。超ドミナント化について言えば、日用品・化粧品業界ではこれまで小売業へ販売する消費者向け商品と、フィットネスクラブや介護施設などへ販売する業務用商品は別の取引になっていたため、納品も別になっていました。しかし現在は、施設などでも消費者向け商品が扱われるようになっています。小売用と業務用をそれぞれ個別に開拓するのは大変ですが、超ドミナント化が進めば一つの商談で両方に商品を配荷できるようになる可能性があります。

アマゾンに対抗できるプラットフォームが必要

上田
 現在増大しているオンライン市場はアマゾンの独占状態にあり、日本の小売業でもアマゾンと提携するところがあります。アマゾンに対抗するのは簡単ではなく、ここはアライアンス(協業)で補うしかないと思います。
 今後は卸売業が中心になってプラットフォーム化を進めると良いのではないでしょうか。プラットフォームに参加するスーパーマーケットやドラッグストアが増えてくれば、ますます顧客が利用するようになります。
田上
 おっしゃるとおり広域物流に対応できてたくさんの商品を持つ卸売業はとても強力です。しかし、卸売業はすでにリアル店舗に商品を納入しているため、リアル店舗の売上と競合するオンラインサービスの提供は難しいという事情があるようです。
上田
 競争するところと協力するところは分ける必要がありますね。超ドミナント化で顧客との接点を増やしながら、オンライン販売に力を注ぐことで、オムニチャネル化がますます進むと思います。

価格の二極化が進行 サブスクリプションの有効性

すべては消費者起点で、
消費者のニーズに対応して
ロイヤルティを高めることが大事です

上田氏
田上
 コロナ禍の影響だけではありませんが商品の値上げは避けられなくなってきています。メーカーはどう対応していくべきなのでしょうか?
上田
 原料費や物流費、燃料代、人件費の上昇により値上げは不可避です。ただしそれは現在だけの問題ではなく、2008年のリーマン・ショック以前にも同じことが起こっていました。それまではデフレで値下げ競争が行われていましたが、業界の疲弊や原油高により値上げへ向かいました。その動きがリーマン・ショックで終わって再び値下げ競争になりました。今回の値上げについても、また不況になれば同じ現象が起きるはずです。
 不況にならなければ値上げは定着するでしょうが、所得格差が広がっているため、価格の二極化が起こると思います。良い品質で高いものと、ある程度品質を抑えて安くしたものとがはっきりしていくのではないでしょうか。
田上
 おっしゃる通りです。日用品・化粧品でもラインナップとして高価格帯と低価格帯の商品を販売していますが、これからは二極化を意識した商品開発も必要になりそうです。
 SDGsも価格に影響を与えると思います。原料生産国の労働環境の改善やリサイクル・リユースなどで増加するコストは商品原価の上昇につながります。
上田
 消費者もある程度の値上げは仕方がないと思っているのではないでしょうか。価格はそのままで分量を減らす実質的な値上げ「ステルス値上げ」は黙ってやると反感を買いやすいですが、理由を説明すれば受け入れられると思います。ない袖は振れないことは、消費者も分かっています。
 値上げに対しては、食品の場合はより安いブランドやカテゴリーに乗り換えるという反応が起こりやすい傾向があります。
田上
 食品であれば値上がりした商品を使わずに安いカテゴリーに乗り換えることもできますが、スーパーマーケットの日用品売場はスペースの関係で一つのカテゴリーに多くの商品を並べられないため、値上げやブランドの入れ替えは多くの来店客に影響があります。ネット購入に乗り換えられる可能性もあるので、値上げには慎重な対応が求められそうです。
上田
 ブランドチェンジを防ぐには「サブスクリプション」が有効です。短期的に乗り換えられると商品のライフサイクルが短くなるために一回一回の利益を高くしないと採算がとれませんが、定額料金を支払って長期的に使い続けてもらえるなら商品価格を下げられます。小売業や卸売業が消費者向けに、複数のブランドからある程度商品を選べる形でサブスクリプションを提供するサービスが今後出てくるかもしれません。
田上
 確かにサブスクリプションモデルは価格の上下が消費者に影響を与えにくいので、原価アップを織り込んだ商品提供もできそうです。とても新しいモデルだと思います。

若い世代に浸透するSDGsやエシカル消費

上田
 先ほど話に出たSDGsについては、最近は若い世代にも浸透しているように感じます。若者の所有意欲が弱まってシェアリングエコノミー化し、高度成長期のような働き方をせず生活や環境を重視する方向に変わってきています。
田上
 新しい商品が次々と発売され、それらの商品を買って満足感を得ていた私たちの世代と比べて、今の若い世代は確かに商品の購入に関してはシビアで、購買意欲が弱まっていますね。モノを購入する満足感よりもそれ以外のことに幸せを感じるのだと思います。温暖化で地球環境が懸念されているなか、SDGsは希望を持てる取り組みとして若い世代に受け入れられています。こうした傾向から価格許容性があり、高くてもエシカルな商品を選ぼうとする若者が増えているのは必然だと思います。
上田
 若者はリサイクルの衣料などにも抵抗がなく、「持たざる消費」で体験を大事にしています。そのなかでSDGsについてもリサイクルやリユースを重視しているように感じます。

協調の土俵づくり 卸売業に大きな期待

SDGsの進展に希望を抱き、
高くてもエシカルな商品を選ぶ
若者が増えているのは必然だと思います

田上
田上
 小売業の取り組みは卸売業がサポートしており、卸売業がいなければ小売業が早いスピードで変化するのは難しいでしょう。
 卸売業は表に出て「我々がやりました」とは言いませんが、新業態の店舗や新しい商品が増えていることは、卸売業が進化している証しだと思います。
上田
 卸売業は小売業に比べると数が少なくて規模が大きく、小売業は互いに激しく競争していますので、まとめていくパワーは卸売業のほうがあり、交渉力もあります。
 競争と協調のうち、協調する土俵を設置してまとめ上げていくのは卸売業の役割として期待したいと思います。
田上
 これからますます協調が求められると思います。社会的な位置づけを見ても、コロナ禍でスーパーマーケットやドラッグストアは「不要不急」なものではなく、生活に不可欠なインフラであると改めて認識されました。
 それを支える卸売業も消費者に対するインフラだと捉えることがとても大切だと思います。




60歳以上もスマホを利用 オンライン消費は今後も活発

田上
 先ほどお話のあったオンライン販売については、当社で毎年調査をしていますが、この2年間ぐらいで60歳以上のスマホ利用率が格段に上がっていて、年齢を問わずオンライン消費は活発です。
上田
 私が行っているインターネット調査でも、以前はある程度の年齢以上にはなかなかできなかった調査が、最近はできるようになりました。
田上
 健康食品やサプリメントなどはネットの品揃えが良いため、口コミを見て購入して翌日に届く体験をすれば高齢者も便利だと感じるのではないでしょうか。
上田
 スマホだけでなく、タブレットだと大きくて見やすいので、高齢者に見せて商品を選んでもらうという使い方もできます。オンライン販売のノウハウは、店頭にない商品を来店した消費者に販売する手段としても役立ちます。

再認識される会員制 アライアンスが重要な鍵を握る

上田
 オンライン販売と超ドミナント化に加えてもう一つ、固定客やファンを増やすには、生協のような会員価格制度も広がると考えています。もっとも、安くしすぎると転売されるので、ある程度の価格に抑える必要はあります。また、たくさん買ってくれる人を優遇する方法も考えられます。会員制が浸透すると顧客の固定化合戦になります。集めているマイレージによって航空会社を決めるように、一つのチェーンで会員になればポイントがたまるので、同じ業態の他チェーンの会員にはなりにくいでしょう。
田上
 会費を支払う会員制は、品質や価格に対する信頼で成り立っているので、値上がりしたとしても納得感があります。これからの時代の有望な選択肢になりますね。
上田
 オンライン販売や会員制は自社だけではできないこともありますのでアライアンスが重要です。小売業単独で難しい部分は、卸売業がノウハウを提供していくべきだと思います。

情報を有効活用し 必要な人に必要な情報を届ける

上田
 小売業の課題は顧客の固定化・ファン化なので、顧客へのリコメンドが重要になります。そのためには情報化が大事ですが、アライアンスでどうシステムや情報を統合していくかは難しい課題です。
田上
 そうですね。以前の話になりますが、コロナ禍でマスクが入手しづらかった時期に、花粉症の方がマスクを買えずに困っていたことがありました。小売業はポイント会員の購買履歴を保持しているわけですから、いつもマスクを買っている会員にはマスクが納品される情報を伝えるなどして、必要とする人に必要な情報を提供していくべきだと思います。
上田
 すべては消費者起点で、消費者のニーズにちゃんと対応してロイヤルティを高めることが大事です。製品開発で言えば、マスクメーカーと製薬会社のアライアンスでウイルスを死滅させるマスクや花粉を排除するマスクなど多彩な商品が作れるはずです。そうした情報を拾ってメーカーに提案するのも、卸売業の役割ではないでしょうか。
田上
 未来の流通業はこうあるべきだという明確なビジョンをたくさんお聞かせいただき、ありがとうございました。当社としては、今後とも流通業の協調領域を効率化する仕組みを提供しながら、私たちがどんなところでお役に立てるかを常に考えてまいりたいと思います。