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河口 真理子(かわぐち まりこ):
立教大学特任教授、不二製油グループ本社株式会社CEO補佐、株式会社大和総研特別アドバイザー

大和総研にてサステナビリティの諸課題について、企業の立場(CSR)、投資家の立場(ESG投資)、生活者の立場(エシカル消費)で20年以上、調査研究、提言活動を行う。現在はサステナビリティの教育や食品会社のエシカル経営に携わる。著書に『ソーシャルファイナンスの教科書』、『SDGsで「変わる経済」と「新たな暮らし」』(共に生産性出版)など。

SDGs(持続可能な開発目標)が企業の存続を左右する重要なファクターの一つになってきた。
SDGsの取り組みを強化しなければ、今後は、ステークホルダーや消費者から見放される可能性がある。
消費財メーカーや卸売業・小売業は、SDGsにどう向き合うべきか。サステナビリティの研究・教育を続ける立教大学特任教授・河口真理子氏が「SDGs起点の事業戦略」の考え方を提示する。

「経済ファースト」から「地球ファースト」へ

 地球と人間の関係は、親と子の関係に例えるとわかりやすい。子どもが小さいうちは多少わがままでも親は大目に見てくれた。しかし、成長したにもかかわらず、いつまでもやりたい放題の限りを尽くしていると、親は堪忍袋の緒が切れ、「お前は出て行け!」となる。地球も我慢の限界にきている。全世界で頻発している異常気象は、地球が人間を排除しにかかっていると解釈できるのではないか。
 46億年という地球の歴史から見れば、人間はつい最近現れた新参者に過ぎない。その人間が46億年かけてつくり上げてきた地球のバランスを、ほんの一瞬で破壊しようとしている。その元凶が、私たちの中にある「経済ファースト」という考え方だと私は考えている。
 本来、人間と地球の関係は、地球の中に人間の社会があり、その中にグローバルな市場経済のしくみがある。よく考えれば当たり前のことだが、特にビジネスパーソンの頭の中は、「何が儲かるのか」「消費者にとって何が得なのか」といった経済に関することが大半を占め、それに基づいて行動している。環境や社会問題の解決は後回しにされがちで、「経済>社会>地球」という考えになっている。それが気候変動、人権などの問題を引き起こしてきた。これを解決する手段として、「地球>社会>経済」、つまり「地球ファースト」に転換していくための手段がSDGsと言える(図1)。
 SDGs(エスディージーズ)とは、Sustainable Development Goalsの略で、「持続可能な開発目標」を意味する。17の目標と169のターゲット項目があり、2030年までに国際社会が共通して達成することを目標にしている。
 本稿では、ゴール12「つくる責任 つかう責任〜持続可能な消費と生産のパターンを確保する」(図2)に焦点を当て、企業が取り組む「SDGs起点の事業戦略」を考える。
 ゴール12は、「全世界に張り巡らされたサプライチェーンにおいて、より持続可能な消費と生産のしくみが促進されること」を目指している。先進国に住む私たちの暮らしは、そうしたサプライチェーンがなければ成り立たず、環境をはじめ人権、労働といった諸問題も、世界中から原料やサービスを調達している民間企業の関与なしでは解決しない。ゴール12の達成に向けて、企業の果たす役割や社会的責任は非常に大きい。

SDGsへの取り組み実態を経営戦略や製品に反映する

 では、商品を提供するメーカーや卸売業は、具体的にどのような考えを元に事業を展開すればよいのか。
 SDGsは、17の目標に世界が一体となり取り組むことで、“誰一人取り残さない"社会の実現を目指している。ゴール12においても環境問題や労働・人権問題はクリアすべき重要な課題となる。まず自社がSDGsに沿った行動を取っているかどうかをしっかりとチェックする必要がある。気候変動対応は当然として、今や人権対応が求められる。海外だけでなく国内で技能実習生を使っている企業なら、人権侵害がないか。有害物質を扱っている企業なら、環境に悪影響を与えていないか。あるいは、社内でパワハラやセクハラなどが横行していないか。こうした問題への対処を怠れば、事業を推進する以前に、経営そのものが今後は立ち行かなくなることも考えられる。
 自社にはコンプライアンスの問題がなかったとしても、次にサプライチェーンに調査の対象を広げる。原料がどこから来ているのか。製造過程で児童労働や強制労働、環境破壊などが行われていないか。もし自社のサプライヤーに問題があれば、 それを理由に自社の取引先から取引を停止される可能性もあると認識すべきだ。
 自社のSDGsの取り組みを開示する場合も、単なる「やっています」アピールではSDGsウォッシュ*1と言われかねない。「製品にプラスチックの使用があり、その対策を優先課題としている」「エネルギーを大量に消費している事業のため、脱炭素化に真剣に取り組んでいる」など、SDGsを経営理念や経営戦略に結びつけ具体的な行動を起こし、その事実を社内外に的確に発信することが重要になる。もちろん、製品には、フェアトレード*2で児童を支援しているとか、カーボンフットプリントなど、具体的な影響度の表示も将来的には求められてくる。
*1 SDGsウォッシュ : 実態が伴わないのにSDGsに取り組んでいるように見せかける行為。英語のwhitewash(ごまかす)に由来
*2 フェアトレード(Fair Trade) : 公平貿易。発展途上国でつくられた農作物や製品を適正な価格で継続的に取引することにより、生産者の生活を支える貿易のありかた


日本の消費者の約6割が「エシカル消費」に共感

 日本の消費者にはこれまで、「消費に責任がある」という発想はあまりなかった。だが、先進国の人々が商品を安く購入できる裏では、自然環境が破壊されていたり、児童労働が行われていたりする場合があることが次第に知られるようになってきた。その結果、「環境負荷を増やすものを買わない」「製品が手元に来るまでのストーリーを知って買う」と考える消費者も増えてきた。
 こうした消費行動は「エシカル(倫理)消費」と呼ばれる。原料の採取、製造、物流の過程から社会や環境に配慮した製品やサービスを購入し、環境問題や社会問題の解決に寄与しようという消費行動のことである。
 このエシカル消費に日本の消費者の約6割が共感し、購入に意欲的な姿勢を示している(図3)。特に若い世代ほど関心が高く、彼らは学校教育の中で環境問題やフェアトレードについて学んでおり、生き方を示す価値観として捉えている。
 例えば、化粧品の容器なども、高級品であればあるほどデザインが複雑で、廃棄する際の分別に苦慮するようなものが多い。容器は使ってしまえばごみになる。最近は無駄なものはいらないと考える消費者が増えており、シンプルなパッケージの商品が支持を集めている。中身だけを詰め替えられるようにしたり、包装をできるだけ簡略化したり、究極はボトルのない固形シャンプーなども生まれている。

企業・金融・消費者が三位一体 加速するESG投資

 2030年のゴールを控え、それぞれの目標の達成状況に応じて、法規制などで対策を強化する動きも出てきている。
 例えば、EUが2021年7月に導入を決めた「国境炭素税」は、CO2を大量に出して生産された製品に高い関税をかけようというものだ。いくら自国内でCO2を出さずに製品をつくっても、他国からCO2を大量に排出して生産された製品が入ってくれば、その努力は水の泡になる。日本企業もEUへの輸出では無関係ではいられず、こうした対策は、各国で活発になってくると見られる。
 また、株主が企業を評価する際、従来の基準に加えて、環境面での対応(E)、人権などの社会的配慮(S)、透明性の高いガバナンスのしくみ(G)を評価するESG投資*3が、SDGsを契機に日本でも急速に拡大している。日本証券業協会は、SDGsの達成に貢献するとともに自らも持続的な成長を目指し、「SDGs宣言」(2018年)を出しており、全国銀行協会も行動憲章を改定して第一条の「銀行の公的使命」の中に、SDGs達成に向けた取り組みの重要性を明記している。
 環境や社会問題への配慮は経営コストではなく、競争力に値する企業価値の源泉と認識されるようになってきたのである。SDGsの視点を経営に取り入れた企業のほうが、長期的な投資においては投資の運用パフォーマンスが高く、成長の可能性が高いと考える投資家が増えている。
 今後のSDGsの達成には、企業・金融・消費者の三位一体で取り組むしくみが欠かせない(図4)。エシカルな商品・サービスを消費者が優先的に購入するようになれば、エシカル・サステナビリティは企業にとって競争力になる。それは金融のESG投融資拡大につながり、ビジネスのエシカル化を加速させる。こうした好循環が生まれれば、経済全体のサステナビリティ度が高まり、おのずとSDGsが目標とする「持続可能な社会」に近づいていく。
 自己利益の最大化ではなく、社会課題を解決するモデルを構築し発展させる「地球ファースト」の事業こそが、今後の消費社会に広く受け入れられると考える。
*3 ESG投資 : 従来の財務情報だけでなく、環境(Environment)・社会(Social)・ガバナンス(Governance)の要素も考慮した投資