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長谷川 智紀(はせがわ とものり):
青山システムコンサルティング株式会社 シニアマネジャー
Webサイト/ https://www.asckk.co.jp/

外資系コンサルティング会社および大手アパレル企業の情報システム部門を経て青山システムコンサルティングに入社。業務改善を主軸にしたコンサルティングやセミナーなどの講演活動を行う。共著に『勝ち残る中堅・中小企業になるDXの教科書』(日本実業出版社)。

コロナ禍で加速するビジネス環境の変化により、各企業がビジネスモデルの変革を迫られている。
IT人材の不足などを原因とする「2025年の崖」も刻一刻と近づく。それらを打開する手段として注目されるデジタルトランスフォーメーション(DX)について解説し、推進の手順や社内体制づくりのポイントを示す。

デジタルはあくまで手段 DXの本質はビジネスモデルの変革

(写真はイメージです)

 経済産業省が2018年9月に発表した「DXレポート」は、「2025年の崖」への注意を喚起し、「デジタルトランスフォーメーション(DX)」の推進を呼びかけている。
 「2025年の崖」とは、ビッグデータなどITを活用したデジタル競争からの脱落や、古いシステムを使い続けることによる維持管理費の高騰、IT人材の不足などを原因として企業がこうむる経済損失が、2025年ごろから顕在化するという予測のこと。DXとは、デジタル技術の活用によりビジネスモデルを変革していくことを指す。
 「崖」が訪れるタイミングは企業や業態により異なるので、「2025」という数字に踊らされる必要はないが、大手・中小を問わずどの企業もいずれは崖に直面することになるため、DXを含めた業務改革に取り組まなくてはならない(図表1)。
今回の新型コロナウイルス感染拡大では、リモートワークのためのインフラ整備や、eコマースへの対応が進んでいた企業が社会状況の変化に対応できている。これらの企業は、リーマンショックを機に業務効率化に取り組んだり、東日本大震災を機にBCP(事業継続計画)を策定したりしていたケースが多い。コロナ禍はいずれ収束するが、IT・システムが未整備だった企業は、ここで意識を変えて取り組まないと、次の有事の際に生き残れる保証はない。
 DXが単なる「IT化」「デジタライゼーション」と異なるのは、従来の業務をデジタル化するにとどまらず、業務の大幅な効率化・省力化や社会課題の解決、新規ビジネスの創出などを実現する点にある。DXでそれまで世の中になかったビジネスを創出した例としては、配車サービスのUberや民泊サイトのAirbnb(エアビーアンドビー)などがあり、既存のビジネスモデルを破壊するという意味で「デジタルディスラプター」とも呼ばれる。「デジタル」はあくまで手段であり、どのようなトランスフォーメーション(変革)を起こすかが、DXの本質である。

競争を勝ち抜くために必要な独自の「Will Beモデル®

 DXでは、まず自社が目指す「ありたい姿(Will Beモデル®)」を描くことが重要だ。たとえばトヨタは、自動車の製造販売から広範な移動サービスを扱う「モビリティカンパニー」への転換を宣言したが、このようなビジネスモデルの転換や自社の再定義を行うこともときに必要になる。
 Will Beモデル®の設定にあたっては、ニーズへの対応やカスタマーエクスペリエンスの最大化など、顧客満足を重視しなくてはならない。「デザイン思考※」の手法を用いるのも有効だ。
 また、最近は国連で採択されたSDGs(持続可能な開発目標)が注目されており、CO2やごみの削減など社会課題の解決も意識する必要がある。こうした問題は古くから認識されながらも取り組みが進展していなかったが、現在のデジタル技術を活用すれば新たなアプローチが可能になる。
 従来の業務改善では、手本となる「あるべき姿(To Beモデル)」がすでに存在し、それを目標とすればよかったが、顧客のニーズが多様化し、企業間の弱肉強食も激化した現在では、他社の後追いでは埋没してしまう。そこから抜け出すためにも、自社独自のWill Beモデル®の設定が求められる。
 Will Beモデル®を定めたら、それを実現するための長期・短期のビジョンやゴールに落とし込む。このビジョンやゴールが妥当なものかを検証するために活用したいのが「SMART」というフレームワークだ(図表2)。
 「具体的に」「測定可能な」「達成できる」「関連した」「期限を決める」を意味する英単語の頭文字を取ったもので、「測定可能な」とは目標達成率や進捗状況を把握できること、「達成できる」は非現実的な目標になっていないかどうか、「関連した」とは目標の達成に関連して社員にどのような利益・メリットがもたらされるかを明らかにすることを指す。理念的・抽象的なビジョンを描くのではなく、「DXによる新事業の売上比を〇年後までに〇%に高める」といった具体的なものにする必要がある。

※デザイン思考:顧客ニーズを起点とし、それを満たすための課題設定や解決策の模索、試作・検証といったプロセスをすばやく回し、製品・サービスを設計・開発する手法


目的は自社の価値の最大化 経営者の関与、投資が成功のカギ

 DXの失敗は主に三つあり、それは①デジタル導入の自己目的化による失敗、②経営者が丸投げすることによる失敗、③何もしないことによる失敗である。
 ①はWill Beモデル®やビジョンを設定せず、「AIがはやっているから」「IoTで何かやってみたい」とシステム導入自体が目的になることだ。決してデジタルの導入が先にあるのではなく、自社の価値を最大化するためにデジタルの活用が必要となる。単に既存業務をデジタル化するだけでは、データ入力作業ばかりが増えて逆に業務効率が落ちることにもなりかねない。
 ②については、DXは5年、10年と長期の取り組みになることもあり、時間やコストがかかってもやり抜く覚悟が求められる。また、すべてが最初の計画通りに進むわけではないため、途中で何度か重要な意思決定を迫られる。こうした判断ができるのは経営者だけである。そのため、DXには必ず経営者自身が関与しなくてはならない。自分でプログラミングするほどの知識は不要だが、システムや技術の大まかな構造や仕組み、それを使って何ができるかを知っている必要がある。
 ③は投資を嫌って「何もしない」という選択をしてしまうことである。システム開発は投資が伴うため、必要性を感じていても差し迫った問題がなければ「現状維持」を選びがちだが、DXで先行する企業との差は開く一方となる。
 幸い、数年前までは数百万円が必要だった高品質リモート会議システムが、今ではクラウドサービスで提供されていることに象徴されるように、IT投資のハードルは下がっており、DXに取り組みやすい環境は整ってきている。

IT企画人材を社内で育成 従来の延長では生き残れない

 DXの社内体制としては、「DX責任者」「業務担当者」「IT担当者」が必要になる(図表3)。全員自社の社員で、専任が望ましい。DX責任者は経営者自身が務めてもいい。業務担当者はビジネスモデルの設計者であり、現場とシステム部門をつなぐ役割を果たす。システム開発をシステム部門や外注先のITベンダーに丸投げすると、ビジネス部門が使いづらいシステムになりやすいため、各現場のニーズを吸い上げて実用性の高いシステムを構築することが重要だ。
 日本企業はこれまで欧米企業に比べてIT人材を自社で抱えることに積極的ではなかった。単なるSEではDXを担えず、今後はIT企画のスキルがある人材を自社で育成すべ きである。
35年前にスタートしたプラネットのEDI事業はDXを先取りした事例の一つと言える。消費財流通の業務効率化にとどまらず、販売データの活用など付加価値を実現している点もDXのコンセプトと一致しており、多頻度バラ物流の特徴を持つ日本の卸流通の商習慣を支えている。
 DXでは大手やグローバル企業が先行しているイメージがあるが、デジタル競争は中小企業も巻き込んで進行していく。コロナ禍で消費者のニーズ・価値観の変化も加速し、従来のビジネスモデルの延長で生き抜くことは難しく、企業規模を問わず取り組むべき時に来ている。