株式会社プラネット

HOME > 知る・役立つ・参加する > 広報誌 Planet VAN VAN > 2020 Spring Vol.126 > 特集

松下 東子(まつした もとこ):
株式会社野村総合研究所
コンサルティング事業本部
インサイトシグナル事業部
上級コンサルタント
1996年東京大学大学院修了後、野村総合研究所入社。以来、一貫して消費者の動向について研究し、企業のマーケティング戦略立案・策定支援、広告・プロモーション効果測定および広告戦略策定支援、ブランド戦略策定、需要予測、価値観・消費意識に関するコンサルテーションを行う。

モノ・サービスは多様化し、提供するチャネルも複雑化してきている。消費者意識の変化はますますとらえどころがなくなってきており、近視眼的なマーケティングでは対応しきれない。最新の「生活者1万人アンケート調査」(野村総合研究所)をもとに、本質的な消費者の変化の方向性を読み解き、消費財メーカー・卸売業がとるべき新たな対応を示唆する。

生活者1万人アンケート調査
野村総合研究所が1997年から3年ごとに、全国の生活者1万人に対して生活価値観や消費行動・意識などの幅広い項目について聴取し、消費者の長期時系列変化を追跡する調査。地域別・性年代別の構成比に応じて日本全体の縮図となるように無作為抽出した対象者に訪問留置式で行っており、最新は2018年版。本稿のデータはすべて2018年版より抜粋。

「なんでもスマホ」を読み解けば消費の変化が見えてくる

(写真はイメージです)

 近年の消費者変化について議論する上で、外せないのはスマートフォンの普及だろう。現代消費者は手の上で操作できるこの小さな端末で、何でも済ませてしまう。2018年時点で、40代以下男女は9割以上が保有しており、スマートフォンはひとり一台の時代を迎えている。2015年調査時点では、動画視聴やメールのやり取り、地図情報の閲覧、SNSの閲覧・投稿など暇つぶしとコミュニケーションのツールに特化されていたが、2018年時点では情報サイトの閲覧やネットバンキングなど、「消費」や「お金」にまつわる用途にまで進化・深化している。
 実際、消費の際の情報源としてデジタル情報が伸び、マス広告の参照度が減少している。特にツールとしてはスマートフォンが用いられる割合が大きく伸びており、消費者は購買の意思決定に際して、マス広告、店員・店頭などのリアル店舗と並ぶ割合でスマートフォンでのデジタル情報を参照している(図表1)。
 また、情報収集以外でもスマートフォンに向かう時間は増えている。長期時系列で趣味・余暇活動の従事割合を見た際に、スマートフォンの普及により、「ビデオ・DVD(動画)鑑賞」「テレビ・パソコン・携帯などでのゲーム」などのデジタルレジャーは2009年から2015年にかけていったん飽和していたものの、アプリ型ゲームや動画配信サービスの普及により、2018年にかけて再び急伸した。地図情報の利用、近場の飲食店やイベントの検索、友人への呼びかけなど、スマートフォンがあることで、出かけた「その場」で容易に情報収集ができるようになり、「スマホを持って街に出よう」という気軽な街レジャーが伸長している。特に「グルメ・食べ歩き」の伸びは顕著である。スマートフォンは消費者の時間の過ごし方にも影響を与えているのである。

余暇時間と消費の個人化から「こだわりを深める」消費者

 そうするとどんなことが起こるか。まず、余暇時間の過ごし方が個人化する。家族が同じリビングルームで空間と時間を共有していても、それぞれの目はスマートフォンに向かい、こちらでは動画を楽しみ、あちらでは趣味仲間との情報交換を楽しむ、またこちらでは気になる商品の情報収集をしてそのままポチッと購入、というような「背中合わせの家族」ともいうべき状況が起きている。実際、テレビ視聴時間は50代以下では年々減少し、それをはるかに上回る勢いでインターネット視聴時間が伸長、10代、20代の若者では平日でも一日平均で4時間以上(仕事で使っている時間を除いて)がインターネットを利用しているというデータが、生活者1万人アンケート調査結果で得られている。
 買物やそれに伴う情報収集も個人のスマートフォンから行われる。世界中の趣味仲間と時間的・空間的制約なしにつながって情報交換を楽しめる現在、趣味に通暁する人のレビュー・口コミを参考に、じっくりこだわって消費を楽しむ傾向が強まっており、消費の際に「ユーザー評価」を参考にしたいという回答は、長期時系列で見ても一貫して伸長している。近くのリアル店舗に売っていない専門性の高い道具の購入や、すでに取り扱いがなくなった商品のロングテール消費、ネットオークションなどC to Cでのモノの循環など、デジタル消費がこだわりの深化を可能にしていることが、野村総合研究所が調べた消費者の「インターネット上でのユニークな買物体験」の自由回答からもうかがえる。こだわって選び抜いた商品を、実際に探し出して買うことができる環境を、スマートフォンやネット通販は可能にしているのである。

薦めてもらって「ラクに買いたい」利便性志向も伸長

 消費者は個々のこだわりを強める一方、時間は有限である。すべての領域の消費であれこれこだわっている時間はなく、実際に消費スタイルとしてはいろいろ迷わずにラクに買いたい「利便性消費」志向が伸びているというデータが得られている。
 図表2は生活者1万人アンケート調査の消費意識に関する項目への回答傾向から消費スタイルを2軸4象限に分けたものだ。縦軸が高くてもよいのか、それとも価格の安さを重視するのかといった価格感度の高低、横軸が商品・サービス選択時に自分のお気に入りにこだわるのか、特にこだわりはないのかといったこだわりの強弱であり、その2軸によって区切られた象限ごとに4つの消費スタイルを定義し、その構成比を時系列で追いかけている。

 時系列比較最初の2000年当時はデフレ全盛期であり、「平日半額バーガー」や「1000円フリース」などの低価格が消費者に驚きと喜びをもって迎えられていた。それが、だんだん安くて普通は当たり前、むしろ他を節約してもよいから自分のこだわりを叶えてくれるものを買いたいとする少数精鋭志向の消費が強まってきた。情報を集め、良いものを安く買うという志向も強まった。それが、2009年から2012年ごろまでである。この時期は、右側2象限、[プレミアム消費]と[徹底探索消費]の構成比が増えている。
 そして、2010年代に入ると、スマートフォンやC to Cでの口コミ情報交換で入手できる情報はますます膨大になり、消費者は情報収集が賢い消費のカギと知りつつも、それを面倒に感じるようになってきた。情報も選択肢も豊富かつ多様になりすぎて、判断する労力が過大だからである。結果、こだわりが薄く多少高くても手に入りやすいものを買う[利便性消費]の割合が大きく増え、2018年もその構成比を維持している。時系列調査の結果からも、「自分のニーズに合うものを選んで薦めてほしい」との傾向が年々高まっており、多すぎる情報・選択肢に疲れた消費者は「ラクに買いたい」志向を強めていることがうかがえる。
 これは一見、「こだわりを深める」消費者像とは相反するように思えるが、同じ消費者の中でもこだわりたい趣味の消費とラクに買いたいルーティンの消費が存在するように、情報量の拡大と深化の影響が二極化して現れていると考えられる。

二極化する消費者にデジタルとリアル、双方で対応

 企業はこうした「こだわりたい」、あるいは、「ラクに買いたい」として二極化する消費者にどのようにアプローチすべきだろうか。まず、「ラクに買いたい」についてはネットチャネルに分がある。ネットとリアルの使い分けについて、計画購買の場合はネットチャネルを活用する傾向が増えている。ニーズや好み、個人属性を伝えることでお薦め商品が届くサービスやサブスクリプション(定期購買)型サービスの人気に見られるように、最小の労力で「合格」と思える選択肢に到達できる利便性の高い仕組みは、消費者の心をとらえる。
 では、リアル店舗に期待される役割は何か。図表1の消費の際の情報源では、「店舗の陳列商品・表示情報」や「販売員などの意見」など、リアル店舗で得られる情報を参考にしたいとの意見は多く、減っていない。そして、リアル店舗の利用実態として、「お店に行った時に、当初は買うつもりがなかったものをついでに買う」という「ついで買い」が伸びる傾向が見られる。消費者はリアル店舗に、商品や陳列表示を実際の五感で体験すること、買い手の顔を見た上での販売員からのお薦め、また、計画購買の対極になるような、思ってもみなかった商品との「出会い」を求めていることがうかがえる。
 さらに、インターネット通販の利用が拡大する中、大型ショッピングセンターや百貨店などの「体験型」店舗の利用率はむしろ増加している。リアル店舗はネットチャネルでは得られないエンターテインメント性を提供できることが強みである。
 消費者が求めているものが「こだわり」なのか「利便性」なのかを見極め、デジタル・リアル双方のチャネル、またはその組み合わせで、商品・サービス設計をしていくことが、これからのマーケティングではますます重要になっていく。