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流通の次世代を考える

消費財流通業のグローバル展開

【タイ・小売業編】株式会社ツルハホールディングス / TSURUHA(THAILAND)CO.,LTD.
本誌では、消費財流通業の海外展開をテーマに、これまで2号にわたってタイにおける事例を紹介してきた。
今回はタイ取材のシリーズ3回目(最終回)として、小売業の株式会社ツルハホールディングスをご紹介する。
同社は2012年7月、タイ・バンコクに同国初の日系ドラッグストアとなるツルハドラッグ1号店をオープンし、現在19店舗を運営している。海外で小売業を展開する苦労や可能性について現地で話を伺った。

矢野 大輔 さん
TSURUHA(THAILAND)
CO.,LTD.
Director,Marketing

小鹿 周一 さん
株式会社ツルハホールディングス
海外事業本部 第2事業部長

(PLANET vanvan 2018年春号(Vol.118)掲載記事より)

タイ初の日系ドラッグストア出店

 「ツルハドラッグ」を中心に、グループ全体で全国約1,900店舗を展開し、日本国内のドラッグストア業界をけん引している株式会社ツルハホールディングス。同社は2010年、タイの大手企業グループであるサハグループと業務提携したのを機に、海外事業本部を立ち上げ、ドラッグストア事業の本格的な海外展開に乗り出した。その第一歩として、サハグループとの合弁会社TSURUHA(THAILAND)CO.,LTD.( 以下「ツルハタイランド」と表記)をバンコクに設立。2012年2月に現地での事業を開始し、同年7月に「ツルハドラッグ ゲートウェイ・エカマイ店」をオープンした。
 タイでの事業に当初から携わってきたツルハタイランドの矢野大輔さんと株式会社ツルハホールディングス海外事業本部の小鹿周一さんに、現地オフィスでお話を伺った。矢野さんは社内公募に名乗りを上げ、自らタイ配属を希望したという。
 「新天地の開拓に興味がありました。当社初の海外出店であり、また、タイにおける初の日系ドラッグストアということで、最初の店はすべてが手探りでした」。
 実は、ゲートウェイ・エカマイ店は、新規ショッピングモールの開業に合わせ、2012年5月にオープンする予定だった。だが開店まで3カ月を切っていた2月の時点で、社内に在庫はゼロ。とにかく商品を集めるため、社員の採用など事業立ち上げの実務をこなしながら、取引先を1社ずつまわる日々が続いた。仕入を担当した小鹿さんはこう話す。
 「現地メーカーとの商談をタイ人スタッフに任せたのですが、いつまで経っても商品が入ってこない。原因を問いただすと、『日本人はイライラし過ぎではないか、オープンはまだ先だろう』と、まるで焦る様子もないのです。日本的なスケジュール感覚がまったく通用せず、文化の違いや異国でのビジネスの難しさを痛感しました」。
 その後、開店予定の5月になっても必要なSKUの半分も集まらず冷や汗をかいたが、ショッピングモールの開業が7月に延期となり、開店準備は間に合った。


まずは知名度を上げることから

 ツルハドラッグは現在、バンコク市内を中心に19店の実店舗とeコマース(ネットショッピング)を展開している。
 「当初は、拡大戦略をとって30店舗近くまで増やしたのですが、どうしても店舗によるばらつきが出てきたため、2016年に思い切って不採算店を整理して仕切り直し、新たなビジネスの体制を整えたところです」と矢野さんは言う。店頭では現地メーカーの商品も日本メーカーの商品も扱っているが、初出店してからここ5年ほどの間に、日本製品へのニーズは急速に高まってきたと感じている。
 「タイ人にとっては、どちらかというと欧米メーカーの商品は憧れで、日本メーカーの商品は親しみやすく身近に使えるものというイメージがあります。とくに最近は日本に旅行するタイ人が急増し、日本の情報に触れる機会が増えた結果、タイ国内でも日本メーカーの商品を買い求める人が多くなったのでしょう」(矢野さん)。
 目下の課題は、ツルハの知名度の向上だ。ワトソンズやブーツといった外資の大手ドラッグストアチェーンが先行する中、ツルハの名前はまだまだタイ人には浸透していないと感じているそうだ。その点を打開するべく、『美と健康を中心とした生活ストア』というコンセプトを打ち出し、日本メーカーとのタイアップ企画などで積極的にロゴや社名をアピールして、ツルハのイメージアップを展開中だという。
 「外資のドラッグストアチェーンやコンビニとの違いを、明確に提示することが大事です」と小鹿さん。「“ツルハに来れば、ワンストップであらゆる生活の問題を解決できる”という日本式ドラッグストアの強みを、タイの人々にぜひ広く知ってもらいたいですね」。


従業員にツルハを好きになってもらう

 商品の仕入は、現地で採用したバイヤーが中心となって行っており、現在は20代のタイ人女性4名がバイヤーとして活躍している。
 「店頭に必要なのは、私たちが売りたい商品や、日本で売れている商品ではありません。タイのお客様が今ほしいと思っているものを並べることが、何より重要です。その意味で、客層に近い彼女たちの知識やセンスをとても頼りにしています」と矢野さん。
 バイヤーの女性たちは、熱心にトレンドを調査したり、何か問題があれば自主的にミーティングを行って自分たちで解決策を考えたりするそうだ。バイヤーだけでなく、オフィスや店舗でも核となるスタッフがオープン当時から多数残っていて、そのメンバーが下の世代を育てるという好循環が生まれていると小鹿さんは言う。
 「離職率はもっと高くなると思っていたので、うれしい誤算でした。従業員がツルハを好きになってくれれば、おのずと仕事にもやりがいを感じて頑張ってくれるのです。海外でも日本でも、やはり核となるのは人と人。コミュニケーションを大切にして、信頼関係を築くことが強い組織をつくるのだと思います」(小鹿さん)。
 初めの頃はいろいろな場面で、なんでこんなことができないのかと、つい大きい声を出してしまうこともあった。だが、なぜそれが必要かをきちんと話すようにしたところ、スタッフの反応も次第に変わっていったという。「たとえば欠品や品切れは、タイでは珍しいことではなく誰も気にしていませんでした。でも、品切れがどういう問題をもたらすかを丁寧に説明し続けたところ、最近では社内の在庫管理に対する意識も上がってきています」(小鹿さん)。
 オフィスの壁にはツルハグループの企業理念が掲示してあり、毎朝、全員でこれを唱和する。繰り返し声に出すことで、企業理念が自然と身に付くという。また、仕事ばかりではなく親睦の機会も多く設け、本社から役員が来れば事務所で懇親会を開き、新年には全社規模でニューイヤーパーティを行っている。


美と健康を中心にお客様が「あっと驚く」店づくりを

 タイに進出して約5年が経ち、成功する店舗のパターンも少しずつ見えてきた。今はまだ、ツルハの認知度を上げることに注力している段階だが、海外事業本部からの支援体制もいっそう強化され、これからが本格的な勝負になってくると矢野さん。とくに店の根幹である“美と健康”に関しては、他社と差別化を図れる競争力が十分あると、自信をのぞかせる。
 「バンコク市内の店舗に関しては、既存の全店に自社で教育した薬剤師がいます。海外に進出している日系ドラッグストアでも、自社で医薬品販売のライセンスを取って薬剤師を配置しているところは、少ないのではないでしょうか。タイ人は調子が優れない時、すぐには病院に行かず、まずは薬局で薬を買って様子を見るという傾向があるので、この分野はこれからもっと伸びてくると思います」と矢野さん。
 また、化粧品のビューティーアドバイザー(BA)も自社で育成し、社内で勉強会やコンテストまで実施している。外資ドラッグストアチェーンなどではメーカーの派遣社員が化粧品を販売することが多い。それに比べて自社のBAがいることは、より客観的、総合的なアドバイスをできる強みがある。
 ツルハグループは将来、世界で20,000店舗を目指す長期ビジョンを掲げている。その試金石となるタイでの事業を成功させるため、今後は、条件の良い立地を見極めて積極的に出店し、最終的には郊外型店舗も視野に入れていきたい、と矢野さん。
 「会長の鶴羽((たつる)氏:ツルハホールディングス代表取締役会長)は、いつも『お客様が驚くような店をつくれ』と言っています。もちろん売上を伸ばすことも大事ですが、何よりタイのお客様をあっと驚かせて、便利になった、楽になったと喜んでいただけるような店を増やしていきたいと思います」。
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 タイで現地取材をして、受注業務のアウトソーシングを行うメーカー、日本メーカーの商品をタイに卸している卸売業、タイで店舗を展開する小売業、それぞれの事例を見てきた。いずれも初の海外進出で、文化の違いなどに戸惑いながらも、柔軟に対応しながら確かな成果を上げている様子が印象的であった。これからの流通業にとって、海外はもはや遠い世界ではない。ご紹介した事例が、海外展開を考える上で一つのご参考になれば幸いである。