世界大不況からの脱出 (ポール・クルーグマン(著) 三上義一(訳)、早川書房)
連続してポール・クルーグマンをとりあげたい。いま、最も押さえておかなければならない経済学者である。クルーグマンは、ニューヨーク・タイムズのコラムで、共和党のレーガンからブッシュまでニューリベラリズム政策が進められたことが格差を生み出し、とうとう金融の破綻までもたらしたと辛らつに批判していた。民主党に対しては、政策提言をしていたため、オバマ政権に迎えられるものと考えられていた。しかし、ヒラリー・クリントンとバラク・オバマが大統領候補戦を戦っていた時にクルーグマンはクリントンの政策を支持したことが、オバマ側の不興をかったためか、オバマ政権からは招かれなかった。
だが、今日のアメリカのもっとも注目すべきオピニオンリーダーである。
本書では一章を費やして流動性の罠にはまった日本経済への提言をしている。1999年ごろと記憶しているが、クルーグマンは、日本はインフレターゲットを設け誘導するべきだと言う調整インフレ論を展開した。インフレと聞いただけで抵抗する人が多く、忘れ去られようとしていたが、また再びクルーグマンは日本にインフレ調整論を提案し、消費者が貯め込んでいるお金を市中に引き出すようにすべきだと論じている。デフレスパイラルに陥っている今こそ、日本の民主党が耳を傾けるべき内容である。
クルーグマンの本には度々出てくる「ベビーシッター協同組合」モデルが、本書でも詳しく記述されている。「ベビーシッター協同組合」はクルーグマンの創作ではなく、ジョアン・スウィニーとリチャード・スウィニーとの論文からの引用であるが、クルーグマンはかなり気に入っているのだろう。確かに分かり易い。
キャピトルヒルで150組の夫婦によるベビーシッターを互いに引き受けあうと言う組合での実際にあった出来事である。組合では、ベビーシッターを1時間やってもらえるクーポンをつくり、それをもって組合の運営を始めた。ところが、外出が少ない夫婦はクーポンを貯め込み、外出が多い夫婦はクーポンが足りなくなり外出を控えるようになった。その結果は、ベビーシッター協同組合の本来の活動が不活発なってしまった。つまりは景気後退局面に陥ったと言うわけだ。そこで、運営をする役員たちは、クーポンを印刷して配ったところ、活動が活発化したというモデルである。 景気後退は消費者や企業がお金を使わなくなることから起こる。つまり、景気刺激策は貨幣の増発をすればいいというわけである。
日本の消費者は世界でもっともお金を持っているにもかかわらず、使わず、蓄えている。それは、デフレ期では現金を持っているといずれ物価が下がり現金の価値が上がると考える人が多いためである。そこで、インフレ目標を掲げ、蓄えているお金が将来目減りするのだというメッセージを発するべきだと言うわけである。
日本は、悪性インフレにはならないだけのファンダメンタルがある。悪性インフレが起こるのは、外貨がない、通貨レートが低い、多くの生活物資を輸入に頼っている、対外債務がある、国内貯蓄が乏しい、などの事情をかかえていた国であるが、日本はいずれにも当てはまらない。円は高く、供給力は国中にあふれているため、インフレに誘導しても、そのまま悪性インフレになるようなことはありえないことだ。