父が娘に語る 美しく、深く、壮大で、とんでもなくわかりやすい経済の話。 (ヤニス・バルファキス著、ダイヤモンド社)
以前の書評で名前を挙げたヤニス・バルファキスの著作『父が娘に語る経済の話』を取り上げたい。バルファキスはギリシャの財務大臣を務めたことがあるという実務経験がある経済学者である。
本書は、世界でベストセラーになった本だが、平明であるとの評判だったため、浅い本ではないかと思い手に取ることはしなかった。だが、バルファキスは「すべての経済学は間違っている」と述べていることを知ったため、買って読んでみることにした。
経済学者のバルファキスが娘に語る形式で話が進む。まず、全ての経済は、余剰から始まったという説明から始まる。確かに、モノの取引は余ったモノをもって物々交換を始めたに違いない。生きて行くのに不可欠なモノを売りに出したりはしない。
人の労働力も、余った労働者が生じて、労働市場が始まったとの説明が続く。特に、産業革命前夜に起こった囲い込み運動が、多くの農民を締め出すことになり、その後の工場労働者を供給することになった。
やさしく分かり易くするため、欧米人としては常識のギリシャ神話の逸話やヨーロッパの童話などを引き合いに出して、説明をしている。これらの点で、日本人には分かりにくいところがあるようだ。また、SF映画「マトリックス」の機械文明と人間のせめぎ合いを引き合いにして、説明をしているが、これも、「マトリックス」を観た人でないと分からない。
本書は、表題にあるように娘に経済をやさしく教える内容で、ごく基本的な原理について、たとえ話を多く取り入れて説明している。したがって、本書には、経済学上の理論は出てこない。マーシャルクロスもケインズの乗数理論も出てこない。また、ひずみをもたらしている今日の経済学を取り上げて、批判あるいは間違っているのではないかという記述もない。残念ながら、少しでも経済学を勉強した人には向いていない本である。
バルファキスは、ギリシャの財務大臣を務めたというが、わずか6カ月間だった。左翼政権で当選し、財務大臣になったものの、打ち出した緊縮財政政策が住民投票で否決され、辞任したのである。その後は、反緊縮論へ転換、新自由主義的(neo liberalism)な言動が増え、そのため、左翼政党に送り込まれたトロイの木馬だったのではないかとの批判があるということである。
「すべての経済学は間違っている」と述べるのだったら、それなりの見識を示してほしものである。
ただし、最後の章で一人一票の民主主義が良いと述べているので、政治的には自由主義者であることは確かなことなのだろう。やはり、経済は活動する人が自由でないと、人々は頑張らないし、創意工夫も出てこない。ぜひ、民主自由主義経済政策を展開して、ギリシャ経済を復活させてほしいものである。