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会長の読書

運び屋 円十郎 (三木雅彦著、文藝春秋)

 鎌倉駅前の「島森書店」には、鎌倉文士の本が並んでいる。鎌倉文士とは里見弴、川端康成、小林秀雄、大佛次郎など昭和の文学者のことである。文学者ではないが、鎌倉在住の養老孟司の本もたくさん並んでいる。
 また、鎌倉出身でオール読物の新人賞を受賞したという本書が棚に積んであった。見ると、帯に≪運びの掟:一つ、中身を見ぬこと。二つ、相手を探らぬこと。三つ、刻と所を違えぬこと。≫と書いてある。
 2024年問題として物流危機が叫ばれている今日、江戸の運送業の矜持は何なのか、気になり読んでみることにした。しかし、危ないものを運ぶ忍者のような生業をしている「運び屋」の話で、期待とは違っていたが、結構面白く読めた。
 「運び屋」で活躍しているのが主人公の柳瀬円十郎で、先祖は小田原の北条の忍者で、柳雪流躰術を使う。「運び屋」の表の看板は船宿“あけぼの”、ライバルに「引取屋」という存在があり、表の看板は茶屋の“くくり屋”。「運び屋」と「引取屋」とは、ぶつかることがあるのだが、後半は協力するようになる。
 円十郎は、茶屋の“くくり屋”で出会った水戸藩の脱藩浪士の青木真介と親しくなり、真介から躰術を教えてほしいと頼まれる。円十郎の方は、剣術も習得しようと天然理心流試衛館に入門する。そこには剣術の天才沖田宗次郎(後の総司)がいて稽古をつけてもらう。また、土方歳三もいるのだが、土方は「運び屋」の仕事もしていて、助けられることもある。
 ある時、円十郎は強敵に襲われ荷を奪われる。その敵は、幕府の隠密集団「」で、次の仕事の時にも、再び襲われるが、なんとか届けることに成功する。しかし、「運び屋」としては痛手を被る。
 その直後の雪の降る朝、桜田門外の変が起こる。水戸藩の脱藩浪士たちが大老の井伊直弼を襲う事件である。その時に鉄砲も使われたのだが、どうやら円十郎が届けた荷物が鉄砲であったらしい。ところが、円十郎の友人の真介は、その襲撃には加わっていない。
 幕府の隠密集団による水戸脱藩浪士探索から逃れるために、真介は江戸を離れることにする。出立の時に、の襲撃を受ける。円十郎は真介を守るために奮戦する中、“くくり屋”の看板娘・理緒(実は引き取り屋の元締め)の一党が救援に駆け付ける。円十郎は、の一番の使い手と死闘の末、屠ることに成功する。
 戦闘の描写は面白く読める。蹴りを主体とした躰術と忍者の飛び道具であるを駆使し、短い小太刀を振るって闘う。かつての柴田錬三郎の「眠狂四郎」、山田風太郎の「江戸忍法帖」を彷彿とさせる描写である。
 さて、しかし、この小説にはオチがない。後の新選組の近藤勇、土方歳三、沖田宗次郎をも登場させ、さらには攘夷の志を持った真介が江戸を旅立つところで終わっている。ということは、作者は運び屋円十郎をシリーズとして、続けていく思いがあると考えられる。今後の創作に期待したい。

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