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玉生弘昌(元会長)の読書

黒牢城 (米澤穂信著、KADOKAWA)

 米澤穂信の 「黒牢城」は今年の直木賞受賞作品である。
 「黒牢城」とは不気味な表題であるが、歴史に詳しい人であれば、信長に反旗を翻した荒木村重が黒田官兵衛を有岡城の土牢に閉じ込めた逸話を題材にしているものと察しが付く。
 信長に信頼されていた荒木村重は伊丹城を任され摂津の国を統治することになった。村重は城を惣構え(町を堀や土塁で囲った城塞都市)に拡張し、有岡城と名を変えた。ところが、村重は、突如として信長を裏切る。毛利と通じて信長に対抗しようとしたのである。
 信長側としては、信じがたい裏切りであったため、説得の使者として黒田官兵衛を有岡城に遣わした。しかし、官兵衛が戻ってこなかったため、信長は官兵衛も裏切ったものと思い込み、官兵衛の息子松壽丸を殺すよう秀吉に命じる。しかし、秀吉は松壽丸を竹中半兵衛に託し、密かにかくまう。そして、有岡城が落城し、黒田官兵衛が土牢から救い出されると、さすがの信長も黒田官兵衛の息子を殺してしまったことを後悔する。そこで、秀吉が実は松壽丸は生きていると告げる。この逸話は映画やドラマの名場面として数多く演じられている。
 松壽丸の首実検では、信長の前に別人の生首を差し出したというのであるから、史実であればむごい話である。だが、本書にこの話は書かれていない。
 村重が反旗を翻してから約一年間、城に籠って戦うのであるが、城と言っても、惣構えであるから城内に農地もあり住民もいる。そんな広い城内で、いくつもの事件がおこる。人質の少年が密室で殺されたり、密書を託した僧侶がありえない殺され方をするなど。その都度、村重は土牢の官兵衛を訪ねて会話する。官兵衛の広い知識と洞察力を評価しているからである。
 毛利の援軍なくしては勝てないことを察した村重は妻子を残して、毛利に向かう。本書では官兵衛の言を入れて出立したとなっているが、逃げたとも言われている。いずれにしても、城主がいなくなった城はほどなくして落ちる。そして、落城後の信長による仕置きが残酷極まるものだった。女子供すべてを根絶やしにする大量殺戮が行われた。これが、三年後の明智光秀による本能寺の変をもたらすことになったのではないかと言われている。
 いずれにしても、本書は戦国史の結節点を見事に切り出している。また、戦の中での将兵組織の心理とそれを差配する村重の言動を上手に描写している。このようにして部下を掌握し組織を動かすのかと、納得してしまう。著者・米澤穂信の作品を読むのは初めてであったが、かなり力量のある作家であることが分かった。
 ところで、有岡城の落城のハイライトである官兵衛救出については、あっさりと書かれている。また、官兵衛と松壽丸と対面する感動の場は、最後のページに数行で記されている。

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