Humankind (ルトガー・ブレグマン著、文藝春秋社)
近年、「人類とは何か」をテーマとした『サピエンス全史』(ユヴァル・ノア・ハラリ)と『銃・病原菌・鉄』(ジャレド・ダイアモンド)が世界的な大ベストセラーとなっている。読んだ方も多いのではないだろうか。本書も同様のテーマの本である。
人類がすべての生物の頂点に立つことができたのはなぜかという視点で記述されている。著者は、人類は利己的で戦闘的な性格ではなく、協調的な遺伝子を持っていたがゆえに、頂点に立つことができたと結論づけたい思いがあるようだ。現代の人類の先祖が、力が強く脳も大きいクロマニヨン人との生存競争に勝ったのは、協調性があったからだと述べ、クロマニヨン人は革新を個人のものとしたのに対して人類は共有化したからではないかと論じている。
ノーベル文学賞を受賞したウィリアム・ゴールディングの『蠅の王』という小説を紹介している。無人島に漂着した少年達が争いを始め、最終的には悲惨なことになるというこの小説は、人には闘争本能があり、必ず争いを始めるものであるという人間観に基づいて書かれている。しかし、現実は違った。この作られた小説と同じようなことが1965年に起こった。6人の少年が無人島に漂着し15ヵ月の孤立した生活を送り、生き延びる。少年たちは助け合い、骨折した仲間を看病し、助け出された時には全員元気だったという。
次の二者は性悪説と性善説を対比する際に随所に引用されている。『リヴァイアサン』の著者トマス・ホッブズは、人間の本性は利己的で欲深いものであるため、リヴァイアサン*(強い統治者)が必要であると唱えた性悪説の哲学者である。教育学の古典『エミール』を著したジャン=ジャック・ルソーは、人間には本源的に思いやりがあり協調的であるという性善説の哲学者である。
*リヴァイアサン:旧約聖書に出てくる怪物の名前で、神を除いて最も強いものを意味する。
アダム・スミスの『道徳感情論』も引用されている。「他人の幸福を見ることは幸せな感情を生む」というこの本は倫理学の古典である。ところが、スミスは17年後に『国富論』を著す。自由主義経済の源となった名著で、人が適度な欲望を持って市場で自由に競争すると、「見えざる手」が働いて適度な価格と数量に収束するという有名な経済学の原理が記されている。しかし、それから約200年後にシカゴ学派が「あらゆるものを自由市場に任せるべき」という新自由主義を唱え、その新自由主義に基づいた「小さな政府」政策を共和党のレーガン大統領が始めたところ、格差が拡大してしまうという皮肉な流れになってしまった。
分厚い本だが、平明で読みやすい。また、文献の紹介が多く、読書好きには面白く読める。