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会長の読書

美しき愚かものたちのタブロー (原田マハ著、文藝春秋)

 松方コレクションについての物語である。松方コレクションは、20世紀初頭に松方幸次郎が印象派を中心とするヨーロッパの美術品を集めた大きなコレクションで、上野の国立西洋美術館で常設展示されている。この夏には、特別展が開催され、人気を集めていた。
 松方幸次郎が買い集めた美術品は実に3千点以上。この大量の松方コレクションは、第二次大戦中に、フランス政府によって接収されてしまった。その松方コレクションを『取り戻そうではないか』と、時の総理大臣・吉田茂が言った。
 1951年サンフランシスコにおいて、連合国相手に講和条約の調印を成功させた吉田茂は、次いで、フランスの外務大臣ロベール・シューマンと交渉し、松方コレクションの返還も成功させるのである。第二次大戦で負けた日本は、終戦わずか6年で吉田茂の卓越した外交能力によってサンフランシスコ講和条約を締結し主権を取り戻した。この講和条約すら奇跡的なのに、その直後に吉田茂はフランス外相と交渉して松方コレクションを取り戻すというエピソードが、記述されている。
 そして、物語は第二次世界大戦前のパリでの松方幸次郎による美術品購入がどのように行われたか、また、さらにさかのぼり、松方がどのような経緯で川崎造船所の社長になり、事業を発展させたかが語られている。最終章では、松方コレクションを展示するための美術館・国立西洋美術館の開館の模様が描かれている。
 どうも、この作家は時代を行ったり来たりさせるのが好きなようだ。この手法でハイライトがはっきりするのだが、読むにあたっては、章ごとに時代を確認して読む必要がある。(各章に年月が書いてある)
 著者の原田マハについては知らなかったのだが、書店で原田マハの著書「リーチ先生」を見つけ、読んでみた。日本の近代の陶芸の発展に力を尽くしたバーナード・リーチについて書かれていて、浜田庄司、河井寛次郎、柳宗悦などビッグネームが登場する小説で、おもしろく読めた。他にも、美術を題材にした作品がたくさんあるようだ。
 本書「美しき愚かものたちのタブロー」は、ちょっと変わった表題であるが、タブローとはフランス語で絵画という意味である。印象派が登場したころは、常識に反しているとして受け入れない人達は愚かものの絵と評していた。
 日常の生活の中で印象に残ったモノを絵にするのが印象派である。それ以前は、貴族の肖像画や宗教画で、普通の静物や風景などをモチーフにした絵画はほとんどなかった。肖像画や宗教画は、貴族や教会の注文で制作され、それを制作する人たちは芸術家ではなく職人であり、作品が売買されることもなかった。17世紀後半にフェルメールが登場したころから、作品の売買が始まり、画商が誕生した。18世紀になると、多くの画家たちがパリに集まるようになり、パリ画壇が形成された。19世紀の終わりごろから20世紀になると、豊かになったアメリカ人が盛んに絵を買うようになり絵画の売買がさらに盛んになるのだが、松方幸次郎が絵の収集を始めたのはちょうどこのころである。
 本書には、画廊での買付の場面などが描かれている。また、松方はクロード・モネのアトリエを訪ねて作品を買いたいと申し出るのであるが、モネとの会話が大変に興味深い。美術好きには勉強になる本である。

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