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会長の読書

経済学は人びとを幸福にできるか (宇沢弘文著、東洋経済新報社)

 著者の宇沢弘文を知っている人は意外と少ないようだ。仙人のような長い白髭を生やした哲人経済学者と言えば、思い当たる人はいるだろう。1997年に文化勲章を受章した時に新聞に大きな顔写真が掲載され、その変った風貌が人目を引いた。

 宇沢弘文(1928年生れ)は、東京大学理学部数学科を卒業、その後スタンフォード大学で経済学を学び、カリフォルニア大学助教授を経てシカゴ大学教授、東京大学教授と長く経済学の研究を続けている。研究生活の大半がアメリカで行われていたため、日本での知名度が低かったものと思われる。多くの著作があるが、本書は小論やエッセイを集めたものである。本書を読めば宇沢弘文がどのような人であるかがよく分かる。

 最初の18頁は池上彰による宇沢の解説が載っている。表紙には宇沢の顔写真、帯には最近人気の高い池上彰の写真が載っているため、つられて買った人もいるかもしれない。

 さて、宇沢はミルトン・フリードマンを厳しく批判していることで知られている。フリードマンは、シカゴ学派のリーダーとして、市場原理主義を共和党政権とともに突き進め、アメリカ社会に大きな格差と不安定をもたらした張本人と目されている。宇沢以外にもクルーグマン、スティグリッツなど批判している人は多い。フリードマンは人格的に問題があると言う人もいるが、本書にもそれを匂わせるような部分がある。宇沢はシカゴ大学で長い間同僚であったフリードマンを最もよく知る人物である。

 もともとシカゴ学派の中心的教義は、フリードリッヒ・ハイエクとフランク・ナイトによって唱えられた新自由主義である。あらゆるものを市場に任せるのが富の最適配分をもたらすと言う考えのもとで、消費財はもちろん、労働も金融も、更には空気までも市場を作るべきとまで唱えていた。ところが、現実には市場は正常に機能する条件を整えることができずに、大きな格差をもたらすことが分かって来た。特に情報の公平性を保つことができないことが、不公正な市場競争をもたらす。金融市場では、国境を越えた国際的金融市場に充分な知識がない人たちも競争に巻き込み、理不尽な結果をもたらした。

 さて、宇沢は河上肇の『貧乏物語』に刺激を受け、当初はマルクス経済学を学んでいたが、アメリカに渡り近代経済学に目覚める。スタンフォード大学などで研究をし、後にシカゴ大学教授になるなど、アメリカで長い研究生活を続けた後に、ベトナム戦争の時に日本に帰って来ている。日本では、あまり知られていないが、アメリカでは実際はベトナム戦争に反対する人に対する締め付けがかなり厳しく行われていたことを宇沢氏は記している。突然逮捕された学生、長期の禁固刑を受けた教授、失踪してしまった助教授など、多くが語られている。ベトナム戦争の時のアメリカは、やはり暗い時代だったのである。また、シカゴ大学経済学部の代表格フリードマンがベトナムに原爆を落とすべきだと主張していたことも、宇沢が東京大学に戻る理由だったのではないだろうか。(なお、新自由主義のフランク・ナイトは広島に原爆を落としたのは間違いだったと主張したことで有名である)

 哲人経済学者と言われる宇沢弘文を知りたい人には、よい本である。

 宇沢は85歳であるが、まさに近代経済学進展史の生き字引である。日本の次世代のリーダーの目を確かなものにするために、まだまだ情報発信を続けてもらいたいものである。

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