信長死すべし (山本 兼一著、角川書店)
山本兼一氏とは対談をしたことがあるため、新作を毎回お送りいただいている。氏の最新作がこの「信長 死すべし」である。代表作は直木賞を受賞した「利休にたずねよ」、映画化されたのが「火天の城」である。
信長は、明智光秀の急襲に遭って本能寺で死ぬのであるが、その背後には、正親町天皇による暗殺指令があったというのが、本書の軸になっている。
官位を授けようとしても、ないがしろにする信長を、正親町天皇は危険な人物であると感じ始める。安土城を完成させた信長は、天下人として君臨し、更に次なる構想を描き始める。それは、大阪に大城郭都市を築き、海上輸送を使った交易を盛んにしようという考えである。そこには、新たな御所も設け天皇を迎え入れ、大阪を国の中心にしようというものである。大量の建築材料を確保するために、京都の寺や屋敷を打ち壊し利用しようと考えているらしい。安土城の石段に野仏の石まで使っていることを見ると、やりかねないことである。もし、正親町天皇が阻めば、京都の内裏を焼くという暴挙に出るかもしれない。
さらに、信長の天下が続くと、将軍足利義明を追放したように、天皇までも滅ぼそうとしかねない。
正親町天皇は、近衛前久に「信長を粛清せよ」という命令を発する。しかるべき武将に勅命を伝えよと、勅命の印であるとして毛抜きの太刀(節刀)を預ける。結局、近衛前久は明智光秀に白羽の矢をたて、連歌師の里村紹巴の伝達役を依頼する。
光秀が本能寺急襲の前夜の連歌会で詠んだ「時は今、雨が滴る皐月かな」について、山本氏は独自の解釈? というより、通説とは違う扱いをしている。それは、読んでのお楽しみということにしておこう。
信長が大阪に大城郭都市あるいは経済都市を築こうとしていたというのは、山本氏の考えであるが、大阪の本願寺を執拗に攻め、拠点固めをしていることを見ると、信長がそう考えていた可能性は高い。
もうひとつの山本氏の創作は勅命が存在したという点である。本能寺の変を引き起こした光秀の動機については、暴発説、天下取りの野望説など諸説あるのだが、ストーリーとしては勅命説が最もスムーズである。特に、光秀が重臣たちに信長を討つ意向を伝える場面は、天皇の密命であると明かすのが重臣たちの納得を得易いに違いないからである。
山本氏の創作である信長の頭の中にあったかもしれない構想と正親町天皇の心理と勅命以外は、史実に基づいて記述されていて、歴史好きの読者も違和感なく読める。