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玉生弘昌(名誉会長)の読書

アメリカの大型店問題 (原田 英生著、有斐閣)

 先に「ウォルマートに呑みこまれる世界」(ダイヤモンド社)を紹介したが、本書もウォルマートを中心とするビッグボックスといわれる大型ディスカウントストアがアメリカ社会にもたらした諸問題を取り上げている。本書は大型店問題となっているが、大半はウォルマート問題について記述されている。

(注)ウォルマート:年間売上高4,000億ドル(32兆円)、従業員212万人以上の世界最大のディスカウントストア、“Everyday Low prices”を標語として掲げている。

 アメリカでは、1980年代にショッピングセンターや大型ディスカウントストアが急増し、一人当たり面積が1.86㎡と日本の約2倍に及んだ。それは、当時の税制や償却期間の制度などが大型店を出すと有利に働くようになっていたため、実に多くの出店が行われたということである。そして、ショッピングセンターとアンカー(主要テナント)との契約内容について、アンカーが極めて有利な契約になっていることを紹介している。他のテナントの入居はアンカーの承諾が必要となっていて競争相手を排除できるようになっていること、価格についても制限できることなどが、契約上に含まれていることがあったということである。

 その結果、強いものがますます強くなる結果となった。

 ますます強くなり世界最大の企業となったウォルマート(以下W.M.)は、給料が低いことで有名で、Everyday Low Wages(毎日が低賃金)と揶揄されている。創業時に、南部の農業地帯のアーカンソー州の農家から従業員を集めたためか、給料が当初からかなり安かったということである。W.M.のスポークスマンが「当社の職の多くは家族を養うことを想定していない、他の収入を補足するものだ」と述べているように、貧困層に職を与えてやっているという考えを持っているようだ。

 また、従業員の医療保険も十分負担していないため、多くの従業員が公的な保険の世話になっていることは、以前から指摘されていることである。さらに、アメリカの売上税が州によって異っていることを利用してW.M.は巧みにタックスヘブンをおこなっているため、Everyday Low Taxesともいわれている。したがって、W.M.は社会的責任を全うしていない恥ずべき会社であると、再三にわたって指摘されているということである。

 巨大化したビッグボックスは、出店した地域の小売業を淘汰し、それを支えていた運送業者や税理士などの職を奪い、地域の失業者を増やしている。そして、失業した人達を安い給料で雇い、ワーキングプアを増やしている。さらに、不採算店の撤退という問題も指摘されている。人口5,200人ほどのテキサス州ハーンという町では、1982年にW.M.が進出し、町の小売業は5年ですべて駆逐されてしまった。ところが、1989年にW.M.は利益が上がらないという理由で閉店してしまう。その結果、住民はソックス1足買うにしても数十キロはなれた都市まで買いに行かなければならなくなった。かくして、ハーンは“W.M.に2度殺された町”と称されるようになった。日本でも、買い物難民が問題となっているが、それを大きく上回る規模の買い物難民が生まれている。すでに、4,600万㎡(推計4,000センター以上)が空き店舗となり、地域の荒廃を招いているということである。

 日本からアメリカ流通視察団が数多く出かけているが、巨大空き店舗も視察するといい。業界の一方的な寡占化がいかなる弊害をもたらすか、理解できるものと思う。

 納入業者に関しては、メーカーの多くが毎年5%のコストダウンを実現するようにという抗えない要求を受けていることは知られていることだが、1994年のW.M.との取引が多かった上位10社のうち4社が倒産している。倒産しないまでも、苦し紛れの人員整理や工場の海外移転をするため、国内の失業増大と荒廃した工場跡地を生み出している。

 また、ビッグボックスは大量に安く仕入れるために品種を絞る。そのため、画一的な商品ばかりになる。まさに、「安ければいいのだろう」という商法である。文化的で多様な消費生活を送りたいというニーズに応えていない。

 日本の小売業は寡占化が進まず遅れているなどといっている人達はこの本をよく読んだほうがいい。巻末に注釈と出典リストが実に85ページも付いている。実によく調べて書かれていることが窺える。一冊4,000円という少々高額の本であるが、流通業界で一家言持ちたいと思っている人にはお勧めしたい。

 ところで、アメリカは第二次大戦後から70年代までは、豊かな中産階級が分厚い層となってアメリカの国力を支えていた。アメリカの貧困層が拡大し始めたのはレーガン大統領就任(1981年)以降のことである。

 小さな政府を唱えたレーガンが民主党から政権を奪還すると、大幅な減税を実施し、社会保障を縮小した。大幅減税は金持ち優遇につながるのだが、レーガンは金持ちが潤えば、上から下へ富がトリクルダウンし(滴り落ちる)社会全体が豊かになると説いた。しかし、結果は貧富の格差が拡大することとなった。何しろ、相続税までなくしたため、金持ちの子は一層裕福になる。貧乏人の子供は十分な教育も受けられない。また、折しも始まったITの普及が情報格差も拡大させた。リストラに遇ったり、手術を必要とするような病気になると、中流から下流へとたちまち転落してしまう。かつての豊かな中流家族がたくさんいた古き良きアメリカは、変貌したのである。

 ちょっとしたきっかけで、中流から下流へと転落するという悪しきトリクルダウンが起こっているアメリカ社会の中で、W.M.の存在は触媒のような働きをしているのではなかろうか。そして、どんどん増加する貧困層を顧客としてW.M.は成長したように見える 。

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