下町ロケット (池井戸 潤著、小学館)
直木賞を受賞し、いま評判になっている小説である。直木賞と言えば、時代小説や人情物が多く、企業物は少ないという印象であるが、本書はいうまでもなく企業小説である。下町の零細な機械部品工場の悲哀と心意気を描いていて、ビジネスマンも共感を持って読める。
宇宙開発機構の研究員を辞めて、家業の機械工場「佃製作所」を継いだ主人公の佃航平は、技術に拘りながら、会社の業績を伸ばしてきた。そこに、下請けいじめで有名な取引先から、部品を内作することになったので取引を打ち切るとの通告がある。打ち切られると、1年余りで資金繰りに窮することが目に見えている。さらに追い討ちをかけるように、大手の「ナカシマ工業」から訴状が届く。法廷闘争でライバルをたたくという「仁義なき企業戦略」で有名なナカシマ工業からの特許侵害による損害賠償請求であった。窮した佃は技術に強い弁護士に依頼し対策を練り、逆にナカシマ工業を訴える。佃製作所の訴えの正当性を認めた裁判官は、和解を勧め、ナカシマ工業に損害賠償金を佃製作所に支払うよう勧告する。
佃製作所は法廷闘争に全面的に勝利し、多額の和解金を得るという結末になる。これだけでも、十分に痛快な企業小説であるわけだが、ここまででこの小説407頁のうちの157頁である。
さらに話が続き、法廷闘争の最中に巨大企業「帝国重工」からロケットエンジンのバルブの特許を売ってほしいとの話が持ち込まれる。佃が宇宙開発機構の研究員だったころの思いから研究を続け、取得した特許である。
それから、佃製作所社内の葛藤、帝国重工との折衝、帝国重工内の意思決定の駆け引き、さらには佃の家族の話と展開する。
佃製作者の財務担当殿村部長が面白い。メイン取引銀行から出向で来ている殿村は、元銀行マンらしく、おとなしく控え目な堅物であるが、意外にも節目々々に思わぬ発言をして会社を変えていくのである。資金繰りに苦しみメイン取引銀行に融資を求めても応じてくれなかったのだが、佃製作所が巨額の賠償金を得たと聞くと、支店長以下の面々がやってきて取引の拡充を持ちかける。苦々しく思っている佃社長の傍らから殿村が取引を打ち切ると言い出す。また、帝国重工から提示された巨額の特許料を目の前にして動揺する社内で、社長を支持して殿村は目先の利益より遠い将来のあるべき姿を見据えるべきだと発言する。
こうした場面々々が面白い。会社の経営をしていると、様々な場面に出くわす。取締役会での議論、弁護士との相談、法廷、金融機関との折衝、ハゲタカファンドの来社、取引先との軋轢、マスコミの取材、クレーム・事故の処理などなど。普通のサラリーマンであると、これらすべての場面に立ち会うことはない。著者の池井戸は、どこでこのような会社経営において起こりそうな出来事を学んだのだろうか。かなりの調査・勉強をしたものと思われる。