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会長の読書

単純な脳、複雑な『私』 (池谷裕二著、朝日出版社)

 著者の池谷裕二は東大の準教授・薬学博士で、いわゆる学究の徒である。

 本書のように学術的知識を一般の素人向けに解説するのを「アウトリーチ活動」と言うと、あとがきに書いてある。脳科学者のアウトリーチ活動は、古くは春木茂雄の「脳内革命」から始まり、最近では茂木健一郎の多くの著書が目に付く。

 あとがきを読み進むと、本来の研究に専念すべきだと言う批判があり、周囲に気を使っている様子がうかがえるが、ぜひ今後も良質な脳科学知識をアウトリーチし続けて欲しいものである。

 さて、本書であるが、様々な最近の脳科学の成果がちりばめられていて、面白く読ませる。しかも、母校の高等学校で高校生に語ると言う形式で記述されていて、非常にわかり易い。

 ◎「脳が理解していないものは存在していない」。猫を縦じまの環境で育てると、横じまを認識できず、横の障害物につまずいて転ぶと言う、子猫のころの環境で横じまを認識するニューロンが形成されなかったための現象であることを紹介している。

 ◎「有限を知り、無限を理解する」。AはBを内包していて、AもBもCは内包していると言うリカージョン(入れ子構造)を人間は理解している。1234・・・とその順位性と階層性を認識できる。いくらでも続けることができる。これによって無限を知り、そして有限を意識するようになった。

 ◎「目は錯覚するが、身体は真実を知っている」。

 AとBの棒はAの方が長く見えると言う、有名な錯視の実験(ミュラー・リヤー錯視)があるが、この棒を、親指と人差し指とでつまもうとすると、どちらの棒に対しても、人は同じ指幅を広げてつまもうとする。目には錯視があっても、身体は正確に動くのだと言う。

 ◎「人間は、最初から人間として生れてきているのではない」。人は、他人と接することによって、自己が形成され、社会に適合した人間として成長すると言うのは、古くから言われていることであるが、それが脳科学で論じられていることを記述している。

 最近の脳科学は、医学、生理学、生命科学から心理学、精神医学、情報工学さらには哲学の分野にまで拡大し、人間と言うものを理解するには欠かせない知識体系に進化しているようである。こうした脳科学の成果は、他の学問でも、知っておくべきことなのではないだろうか。生物学は言うに及ばず、心理学、組織論、マーケティング、ロボット工学などなど、ヒントになることが多い。

 久しぶり、知的好奇心を満たしてくれる面白い本に出会った。

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